8 ページ8
配達が億劫だと感じた事はない。
運転するのは嫌いじゃないし、運転しながらわかる事もある。
例えば新しいワッフルの店が出来たとか、そんな事。
それに花束を貰った奥様が喜んだとかそんな話を聞くのも気分が良いというものだ。
それなのに今はどうだ。
「…行ってきます」
「そんな顔で行かないの、笑」
背中を店長が慰める様に軽く叩いて私を送り出した。
"そんな顔"をわざとしているから自覚はある。
でも気が乗らないから仕方ない。
乗り慣れた車のエンジンをかけて向かう場所は、パクジミンの家だからだ。
まさか今日はいないんだろうって。
"いるないるな"と心の中で唱えながら配達に向かうなんて本当に前代未聞だ。
:
:
:
「…まただ」
今日は無言で入っただだっ広い玄関。
また靴がなくて思わず漏れた独り言。
紛らわしい、本当に。
この段階で靴があればいるかいないかの見当がつく。
かと言って勝手に大き過ぎるシューズボックスを開けるわけにもいかないし。
開けた所でいるかいないかなんて分からないし。
いてくれるなよ、パクジミン。
前回から二週間くらいしか経ってないのにもう再配達なんて、花に関してはマメな男だ。
前回の通路を思い出しながらリビングとキッチンを目指し、今回はスムーズに来られた。
入ってすぐにカラーが入っていた花瓶がシンクの上に空っぽで置かれているのが目に入る。
前回同様、ダイニングテーブルに持っていた花を置く。
今日の黄色いフリージアはカラーより日持ちするからこれにした。
「…できるだけ水をこまめに変えて下さい…っと」
持参したポストイットに書き残したメモは花持ちさせる為の助言だ。
花持ちが良ければ配達に来る頻度も減る。
そんな邪な理由と純粋に花を長生きさせたいという気持ちと半々で書いた。
それを水を張った花瓶に貼り付けた後でフリージアを挿していく。
花が揺れる度にフルーティーで甘い香りが鼻を掠める。
今日の配達は穏やかだ。
385人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:かむ | 作成日時:2024年3月1日 21時