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「これ、このままここに置くね」
カラーが挿してある花瓶をダイニングテーブルの真ん中にドンと音を立てて置いた。
私ではなく男が。
'どうぞ'と返したけれど別に私の家じゃないんだから、何処にでも好きな様に置けばいい話だ。
さっさと帰ろう。
ゴミになりそうな物と切った茎の破片を急足で纏める。
ゴミ袋も持参して来た。
纏めたそれを袋に入れたらこの"特殊な配達"は終わりだ。
店に帰ったら店長に家主がいた事を報告しなければならない。
「ねぇ」
ゴミ袋を抱えて出口に急ごうとする私を呼び止めた。
「どっかで会った事あるよね?」
「いや、ないです」
一応"お客様"だから足を止めたのに、下手なナンパ口説きの常套句を聞かされるとは。
何この人。
「いや、あるよ絶対」
「いやだからないです、人違いです」
「えぇ?本当に分かんないの?笑」
何この人。
もう一度"何この人"と思う前に自分の中の違和感に気付く。
少し前にも同じ事を思った事があった。
「あー!ほらそれ!」
ぼんやり霞みがかっている記憶の中を手探りしてる私のバッグを男が指差した。
愛用している黒いボディバッグ。
「俺があげたやつじゃん」
それに付いているひよこのキーチェーン。
"何この人"
"これあげる"
"可哀想な君に"
「、あーーーーっ!あの時の失礼男!」
そう口走った直ぐ後に手で口を覆ったが勿論時既に遅し。
"悪魔でも客"という認識を上回った予期せぬ再会に口を突いて出てしまったのだ。
あの時言えなかった本音が。
私の失礼発言の後は一瞬広いこの部屋が無人のようにシンとなって。
「失礼男って言うわりにそれしっかり使ってるじゃん、笑」
男が肩を揺らして笑った。
「…物に罪はないんで」
やっぱり捨てれば良かった。
そう思うのも時既に遅し。
本気でそう思ってるのに言い訳みたいにしかならなくて、消えたい気持ちだ。
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作者名:かむ | 作成日時:2024年3月1日 21時