1 ページ1
:
「……流石にひどいわ…」
虚しい独り言は漢江の水音に消えた。
昼間は暖かかったのに夕方から急に冷え込むなんて気候まで私に冷たい。
水辺だからそう感じるだけか、否、絶対違う。
溜息と共に周りを見渡せば来る場所を間違えたと思うくらいカップルがいる。
私はたった2時間前に別れたばかりだというのに。
「悪いけど、他に好きな子ができて…」
漫画みたいな振られ方って本当にあるんだ。
そんな悠長な事を考えてしまうくらいには衝撃的だった。
まさかの心変わりだなんて。
羽目を外してしまったという浮気の告白の方が幾分マシだろう。
でも心変わりなのだ。
そんな事を言われてまで"別れたくない"と縋り引き止められる程の度胸は持ち合わせていない。
結果私が選んだ言葉は
「…あ、そう」
これだけだった。
でも、もうアラサーにもなる女と数年付き合っておいて、こんなあっさり他に乗り換えるなんて鬼かと。
私の数年はそんなクズと付き合って消耗されたのかと思うと腹が立って、家に帰る気にはなれずここに来た。
が、先に言った通り完全に場所をミスチョイスしたのだ。
「…あー…ほんと最悪」
なるべく周りを見ずにだだっ広い見慣れた川にだけ目をやる。
寒い、身も心も。
「最悪?寒くて?」
横に誰かいた。
いつの間に。
私に言ってる?という表情だけその誰かに向けた。
目深に被った黒いキャップとしっかり立ててあるアウターの襟で顔はよく見えない。
男だという事は判別できる。
当然"何この人"と思ってはいるが言える訳もなく。
「…さあ」
関わらないという意思を込めた言葉で目を逸らす。
それから一歩距離を取る。
「じゃあこれあげる」
なのに黒いアウターの手が目の前に伸びて。
「何…」
「キーチェーンだよ」
ひよこのぬいぐるみのキーチェーン。
それは見れば分かるのだけれど"何故"と聞かなかった私にも落ち度があって思わず受け取ってしまった。
「今日、ホワイトデーだから」
'
ちらりと見えた男の口がやや笑って確実にそう言って立ち去った。
キーチェーンをゴミ箱に捨てようと思った。
が、物に罪はないので苛立ちながらポケットにやや乱暴に突っ込んだ。
暫く漢江には来るまい。
385人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:かむ | 作成日時:2024年3月1日 21時