１：迷子のお引越し ページ2
それは、出久と近所の公園で遊んだ帰りだった。
「ままぁ？」「ままどこぉ？」
時折鼻をズビッとすすりながら、女の子がトコトコとこちらに歩いて来る。
俺達と同じくらいの背の大きさの、知らない奴だった。
でも、困ってる奴を助けるのがヒーローの役目で、俺もいつか絶対ヒーローになるって決めてんだ。
だから、俺と出久はそいつに向かって同時に走り出す。
出久はトロいから、俺の方が先に着いたけど。
そいつの、涙で濡れた大きな瞳が、目の前に立った俺を見つめた。
「お前、迷子になったんか？」
隣で荒い息を繰り返す出久の代わりに俺が聞くと、そいつはコクリと頷いた。
ワンピースの裾をキュッと握り、ポツリ、ポツリと話す。
「今日ね、お引っ越ししたの。
それで、新しいおうちの前で遊んでたら、猫さん見つけて、ままに離れちゃダメって言われたのに、付いて行っちゃったの。
そしたら、おうちが分かんなくなっちゃった。」
そいつの、深い海みたいな青い目に、涙の膜が張っていく。
「きっと、お家が見つかるよ！
僕も一緒に探してあげる！」
にっこりと微笑んだ出久に、とうとう海みたいな目から涙がぼとりと落ちて、ワンピースにシミを作った。
「いつまで泣いてんだ。泣き虫。」
泣かないで、なんて言えなくて、ぶっきらぼうにそう言った俺を、そいつはキッと睨みつけた。
「泣き虫じゃないもん！Aだもん！」
Aが泣き止んだのが嬉しくて、
「ほっぺに涙、ついてるぞ。」
白い頬についた涙を、乱暴にゴシゴシと擦った。
すると、
「あなたのおてて、甘くていい匂い。」
Aは俺の手にすり寄ってくる。
心臓が、ぎゅっと掴まれたような、変な気分になった。
「俺の名前は“あなた”じゃねぇ！！爆豪勝己だ！覚えとけ！」
変な気分になったのを、出久にも、Aにも、誰にも知られたくなくて、とっさに怒鳴っていた。
Aは一瞬キョトンとして、
「かつき！」
と、嬉しそうに俺の名前を呼んだ。
また、変な気分になりかけたから、慌ててAの手をぎゅっと握って、そのまま、ずんずんと歩き出す。
「絶対、お前ん家見つけてやるからな！A、俺の手離すなよ！出久も付いて来い！」
甘くていい匂い、そう言ってふにゃりと笑ったAの顔が、頭にこびりついて離れなかった。
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作者名：伊沢環子 | 作成日時：2019年9月7日 1時
