【ωrωrd!】サロメの盲愛【短編集】 (ページ10)

今日:1 hit、昨日:20 hit、合計:12,548 hit

・ページ10

それから、彼女と連絡はとっていない。
あのちっぽけな世界ならまだしも、インターネットは広かった。すれ違ったぼくは彼女をきっと見つけられるだろう。けれど、こんな広い世界ではぼくと彼女はすれ違うほどの縁もない。

たまに、寂れたインターネット老人か、初めてスマートフォンを買って貰った幼気なクソ餓鬼しかいないあのクソサイトを見に行くことがある。ぼくとおなじように、彼女があの頃を思い出して、あの日のようになんてことない言葉を残してくれるんじゃないだろうかとか。そういう馬鹿なことを考えて。でも、本当は心のどこかで理解しているのだ。ぼくが、ひとりだけ大人になれなかったこと。彼女にとってのぼくは、きっと振り返って抱き締めるような愛おしい過去ではなくて、さっさと忘れてしまいたくなる黒歴史であることも。

馬鹿だと思うだろう。
そんなことが分かっていても、ぼくは彼女が好きだった。いちばんすきだった。彼女以上に優先するひとなんていなかった。仲の良いインターネットの友人なんていくらでも出来たし、昔よりずっと深い付き合いができるようになったけれど、彼女以上に愛した人なんかいない。リアルだってそうだ。生きていたぼくも、死骸になったぼくも、結局名前も知らない、声も忘れた、思い出す顔さえない彼女に賭けていたのだ、人生を。

彼女はぼくの青春そのものだった。
彼女以上に好きになる人がいるのだとしたら、ぼくはきっとそのひとと結婚するんだろう。

その頃にはぼくも彼女を忘れているかもしれないし、ぼくの知らないところで彼女はきっとぼく以外の誰だれかを愛している。

熟年夫婦なんて笑い話だ。相棒なんて、恥ずかしくて誰にも言えない。そんな羞恥心がいい加減ぼくの中にも育った。
別の友人と冗談みたいにあの頃の彼女とぼくの関係性を言い表すような言葉を使う時に、胸の奥がすこし、ほんの少しだけ、小さな棘を刺したような痛みに襲われる。

ぼくをとられるのが嫌で、拗ねた振りをしたかわいい彼女。
彼女さえ忘れたその姿を、きっとぼくだけが覚えている。

どこかで生きていく君へ
土の底に死骸を埋めたあなたへ

ぼくは元気でやっています。
いい加減大人になりました。でも、もしもきみがこれを見る機会があったら一瞬でもぼくを思い出してくれるんじゃないかとそんな期待をしています。

ぼくはそういう人間です。
相変わらず、可愛げあるやろ。

きみのたったひとりの相棒だったぼくより🌷︎