【ωrωrd!】サロメの盲愛【短編集】 (ページ3)

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遠くから足音が聞こえてくるのに気づいて、咄嗟に立ち上がった。目の前には、ほとんど原型の残っていない燃え残りの彼女がいる。草を踏み分ける音が刻一刻と近づいてきている。

　舌の裏に溜まった唾液を飲み下した。

　まだ少し火の残る彼女の死体に手を突っ込んで握れるだけの灰と骨を掴み取る。背後で草の揺れる音がしたのを聞きながら、一目散に前へ走った。
　木々の合間から地面に溢れる日の光を踏みつけるうちに、止めどなく思考が溢れ出す。

　俺は、幸せだった。戦場で碌な飯が食えずとも、大した睡眠が取れずとも、お前さえいればそれでよかった。軍学校での血反吐を吐くような訓練だって、お前と同じ戦場に立つために乗り越えられた。お前は戦争なんか嫌いだと言っていたけれど、俺は別に嫌いじゃなかった。俺とお前を引き裂いたのは戦争なのは確かだけど、俺とお前を引き合わせたのも戦争だっただろう。
　俺たちは、眠るときに母親の体温を欲する子供のように戦場で互いを必要としていた。だからこそ、お前があっさりと死んでしまったのが受け入れがたかった。優しいお前があれほど簡単に俺を置いていけてしまう事に少なからず傷ついていたのだと思う。俺にはまだお前が必要で、それでつい、お前の死体を引きずり回してしまった。こんな身勝手な情念を愛と呼べるかどうか分からない。それでも、それでも俺はお前を。

　突然目の前が開けたかと思うと、極楽みたいに美しい湖が眼前に広がった。その穏やかな景色に一度冷静になって、ようやく俺はずっと握りしめていた右手を開く事ができた。火の中に突っ込んだせいで爛れた手の中には、一欠片の骨と微量の灰が収まっていた。手の平から零れ落ちる灰を見ているうちに、グッと喉が詰まるような心地に陥る。今にも叫び出しそうになるのを彼女の骨と共に飲み込む。ストン、と空っぽの胃に落ちる感覚がした。

　ぽっかり空いた穴からぬけおちた愛にお前の形を押し込んでしまえたらよかったのに。骨を食べたくらいで、そんな事が叶うとは思ってもいない。
　だとしても、俺の落ちる地獄に居てくれればと願わずにはいられなかった。

ネトスト/ut 研修生→←燃ゆるひと/pi ペロ