【ωrωrd!】サロメの盲愛【短編集】 (ページ17)

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「じゃあ、あのね、おそらが青いのってしってる？」

夢を見る乙女のような顔をして、少女は当たり前の話をする。見上げた空にはテントみたいに薄い布が貼り付けられていて、これじゃあ到底空の色は見えないと、残念に思った。彼はその色を知っているはずなのに、なぜだか無性に無垢な青さを思い出せなくなる。

「うみも、おんなじくらい青くてね、ひろくてね」

船に乗ってやってくる。海を渡って、何に乗せられているかも分からないで、そんなことを教科書で習った。

「雲を食べると甘いんだって」

甘いってどんなのかしらないけど、多分それってすごくいいことなんだろうね。なんて、そんな言葉を聞いて、繋いだ手に思わず力が入った。棒切れのような腕は腹いっぱいのごはんなんて食べたことがないみたい。

「でも、おそらってすごく高いところにあるから、わたしも、おにいちゃんも、とどかないかもね」

いつか、たいへんなことがおわったら、そこにいけるんだって。
そんな馬鹿らしい夢を、この子に見せる大人がいる。

「わたし、とおくにきちゃったの」

迷子なんかここにいないって知らないんだ。

「はやく帰らないと、ままがさがしてるから」

君のママは君のことなんて探してなんかない。
捨てられたって、売られたって、分からないから、希望もなければそれを失って嘆くことさえしない。

「ね、おにいちゃんのことも……きっとさがしてるよ」

にっこりと笑う笑顔に、はじめてトントンはゾッとした。
彼女の目に映る世界と己の目に映る世界の違いに触れてようやく、はっきりと理解した。

「それ、は」

ふるふると首を振る。この子は知らない。自分と同じだと思っている。絶対にふたりはおなじ世界で生きていくことなんてできないのに、自分とおなじであると信じている。

「さがしてなんかない」

彼女とそっくりな考え方を持てない自分のことが、トントンはたまらなく嫌になった。
突き放されてしまったような気がした。豚ではない。それに成り下がるはずがない。我々はおんなじ人間だから、彼らも、自分も、そうして、父さんだっていつかはわかってくれると思っていた。みんなが手を繋いで当たり前に一緒の景色を見れる日が来ると、本当に思っていたのだ。
その瞳を見るまで。