【ωrωrd!】サロメの盲愛【短編集】 (ページ14)

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「悲しむのはもっといけない。我々は理知的であるべきだ」

迷子にならないようにと、その地獄の中で父親は手を繋ぎたかった。それは決して、羽の折れた小鳥には与えられないようなもの。彼だけに授けられた大きくあたたかなぬくもりを乱暴に振り払って、少年は鬱陶しげに目を細める。それを成長過程の息子が抱くささやかな反抗として、これもまた穏やかに父親は受け入れている。

「トントン、お前にもいつか分かる日が来る」

くしゃりと頭を撫でるその手だけは、振り払わなかった。代わりに、もう一度だけ、わざとさを悟られないようにため息を落とす。

「誕生日プレゼントだ。好きな"物"を選ぶといい」

その言葉に違和感を覚えることだけが救い。
けれどそれでも、気狂いばかりの中で本当に気が可笑しいのは自分ではないのかと、初めてトントンはそう思ったのだ。

人身売買というものが公に禁止されたのはもう何年も昔の事だった。それこそ、少年が生まれよりもずっと前に教科書にバツを引かれている。ごった返しに床に転がるその人達を眺めながら、行動無しの言葉にはなんの意味もないのだと、零された声は残念ながら大人の耳には届かない。

「ひっ、ぅ…い、ままぁ……」
「かえしてくれ、かえしてくれ、かえしてくれ……あ、ああ......」
「あ……」

それは、トントンが十四になったばかりの日の朝だった。初めて連れてこられた悪臭漂うその場所にはさまざまな人の影がある。
例えば、母親を探す小さな女の子、もう行先がないような今にも死に絶えそうな年老いた男に、ひとつの命を宿した母親、それからねっとりと意地悪い笑みを浮かべてソレらを見定める絢爛豪華を身にまとった醜い豚。そのどれもにうんざりとするように、少年は父の手を離れる。汚い場所から逃れるように、その違和感を悟られないように、奥へ奥へと無意識に足を進めたがった。

「ちゃう、豚やない」

誰にも聞こえないように、けれど自分には言い聞かせるように、小さな本当の心を落とす。まだ大人になりきらない小さな手を握り込んで、くしゃくしゃと乱暴に鼻の下を拭った。

「おなじやない」

豚じゃない。あんなに醜い顔をしていない。
そんな大人になるはずがない。前に進むための足がもつれた。まるでここに一人取り残したがるみたいに、足だけが上手く進まなかった。