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…ここ、どこだろう。
一目散に路地を進む内に、知らない道に迷い込んでしまった。
何やってるんだろう、私。バカみたい…。
『ひっ』
マップを開こうと取り出したスマホが震える。
電話だ。それも非通知。
誰だろう…？
怖いけれど、もしかしたら仕事関係かもしれない。
震える指でボタンをタップする。
『…もしもし』
「もしもし、A。久しぶりやなあ。父さんの事覚えてる？」
恐怖で言葉が出ず、喉がヒュッと音を立てる。頭の中の怒鳴り声が大きくなっていく。
低く響く関西弁。確かにこの声はお父さんだ。
記憶の中の物と比べて、毒が抜けたように柔らかくなっているけれど。
『な、なんなのっ』
「警戒せんといてや。父さんな、離婚した後新しい嫁さんもろてん。でな、その人が定食屋開きたい言うて」
『は…？』
私とお母さんが苦しみもがいた時間を、この人は新しい恋人と幸せに過ごしていたんだ。
呼吸のリズムが乱れる。胃がキリキリと痛む。
「やけどな、俺最近仕事辞めて。貯金あっという間に使ってしもたんや。だから、300万だけ貸してくれへん？ 絶対に返すから」
『ふざけないでよ…』
「はあ？」
『どの面下げて電話なんてかけてきたの！？ 気持ち悪い！ 一生私とお母さんに関わらないで！』
「ちょ」
震える声で言い放って、乱暴に通話終了ボタンを押す。
怖い。怖い怖い怖い。また電話がかかってきたら。もしお母さんの家に押しかけたりしたら。
最悪の事態を次々と想像して、息ができなくなる。
苦しい。苦しい！ 誰か助けて！
立っていられなくなって、ずるりと座り込む。
パーカーのポケットからカミソリを取り出す。ぐいっと袖を捲って、力任せに手首を傷つけた。
「大丈夫…じゃないよな」
路地の出口の方から声がして、ハッとする。
振り向くと、栗毛のウマ娘が困ったような顔をして立っていた。トレセン学園の制服を着ている。
「…すぐ戻るから。動くんじゃないよ」
言い残して、ウマ娘は駆けていった。
誰だろう。私がアイドルだって知ってるのかな。SNSとかで拡散される？ 炎上するだろうな…
父親への恐怖に加えて、仕事がだめになる心配まで加わった。もう嫌だ。疲れた。生きるのってしんどいよ。
目の前がぼんやりする。過呼吸は収まらない。
このまま死ねたらいいな…
左手首からだらだらと流れる血を見遣ると、小さな笑いが漏れた。
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作者名：winter | 作成日時：2022年11月6日 9時
