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side;Tachyon
彼女の頭から手を離し、乱れた髪を優しく指先で梳く。
顔をあげた彼女は少し物足りなそうな顔をしたが、もっと、と求めることはせず、口を開いた。
A「…私、先輩の期待に添えましたか？」
『勿論だとも。今日の君の走りは、私の研究意欲をくすぐる、素晴らしいものだったよ』
A「ふふ、ならよかった。ご褒美にわがまま、聞いてくれませんか？…なんて」
『いいとも』
撫でられた余韻に浸るように、私の触れた箇所を指先でなぞりながら話す彼女に、自分でもびっくりするほど甘い声が出る。
A「っえ、いいんですか」
A「じゃあ、えっと…」
冗談のつもりで言ったのだろう。わがままとやらが浮かばないようで黙り込む彼女の頭を、再び撫でる。
A「…これからも、私が頑張ったときはこうして撫でてほしいです」
『ふふ、そんなことで良いのかい？』
赤い顔を逸して、可愛らしいことを言う。そのいじらしさが妙に愛おしく感じられて、彼女の輪郭をなぞるように触れた。
A「そ、そんなことって…タキオン先輩にしかこんな甘えたこと言いませんし…言うの、すごく恥ずかしいんですからね」
彼女は途切れ途切れにそう言うと、耳を曲げて、両の手をもじもじと結んだ。
ピコン
「！」
甘い空気から私達を引き戻したのは、彼女のスマホの通知音だった。
A「ちょっと失礼しますね。あ、トレーナーからだ…ライブまであと数時間…か」
A「私、ライブの準備しなくちゃ。シャワー浴びてきます」
『それじゃあ私もそろそろお暇しようかな』
立ち上がり、扉の方へ向かう。
ドアノブに手をかけようとする私の袖が、後ろに引っ張られた。
A「…行っちゃうんですか？」
『君はこれからライブの準備で忙しくなるんだから、私がいても邪魔になるだろう？』
寂しげに呟く彼女を諭すと、拗ねたように口角をキュッと下げた。
『…そんな顔をしないでおくれ。やっぱり、ここで待っているよ。』
A「…いいんですか？」
『ああ。どこにも行かないから、シャワーを浴びておいで』
A「えへ、ありがとうございます。行ってきますね」
私の言葉に安心したのか、花が開くような笑顔を見せる彼女に、こちらも釣られて笑みが溢れる。
…彼女は、私にとって特別だ。人懐っこい後輩とも、親しい友人とも違う、何とも言えない気持ちにさせてくれる存在。
この感情の名前に心当たりはあるが、
今はまだ目を背けていたい。
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作者名：winter | 作成日時：2022年8月13日 2時
