一日目 ページ9
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「布団、ふかふか……いい匂いする」
Aは重い体を持ち上げてやっとのことで布団に入る。その感触はホコリっぽくてひしゃげたものではなく、ふかふか暖かいものだった。
「家政夫のキタさんか、なんて呼ぼう……北さんとか。いやいや、歳同じくらいだったし北くんでいいかな」
いつもなら早く寝るはずなのだが、Aはさっき帰った北のことを考えていた。北が帰った後に気付いた事だが、そこらに散らかっていた服などは全て洗濯されてタンスへと仕舞われていたし、ゴミも全て綺麗に掃除してあった。
到底Aが一人では出来ないと思っていた掃除を、彼は一人でやり遂げたのだ。家政夫万歳。
「寝よ…」
そう呟いたのと瞼が落ちるのはほぼ同時。まだまだ一週間は始まったばかりなのだ。寝て起きれば、また地獄へと歩みを進めなければならない。
そうこうしているうちに、6:00を知らせるアラームが鳴る。止める。二度寝する。次にアラームが鳴ったのは6:20。Aは寝返りを打ちながら時計を掴んで放り投げる。ガシャン、という嫌な音がしたがAはお構い無しに布団を被った。
いつもなら、布団の寝心地の悪さに起きてしまうというのに、昨日北がふかふかに洗濯してしまったが為の三度寝だった。
「――やさん」
「ん……」
「中谷さん、起きんと。仕事遅刻しはりますよ」
Aが聞きなれない声に目を開けた時、目の前に見えた端正な顔立ちに勢いよく飛び上がった。昨日の北信介である。頭に三角巾を付けておたまを持っている姿は昨日と変わらないが、Aは変な感じがして堪らなかった。
さっき寝たばかりなのに、また北が帰ってきたのだろうか。そう思い、ベッド脇に置いていた目覚まし時計を探すが見当たらない。
「あの、すいません…今何時ですか」
「朝の七時やけど」
「え……」
Aの寝ぼけ眼が見開かれる。彼女は転げ落ちるようにベッドから這い出でると足元に転がったすでに使い物にならない目覚まし時計を睨みつけた。急いで家を出ないと8時過ぎまでに会社に着けない。
「なんか、すんません」
「いや、自分が悪いんで…北くんが起こしてくれなかったら」
そう言った所で、ハッとする。昨夜あんなことを考えたせいで、つい彼を北くんと呼んでしまった。Aは恐る恐る食事の準備をする北を眺める。厳格そうな彼に君付けするのはやはり烏滸がましかったか。しかし
「北くんなんて、なんかむず痒いなぁ」
照れるように笑った彼の顔は、いつもピリピリしているAの心に少なからず安らかな気持ちをもたらしてくれた。
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赤羽 - 好きです。最高 (4月12日 23時) (レス) @page45 id: b22b7ccd76 (このIDを非表示/違反報告)
わか - 今まで読んだ作品のなかで一番の作品でした!完結まで書いてくださり、ありがとうございました! (12月17日 18時) (レス) @page45 id: ba86f2a0b9 (このIDを非表示/違反報告)
rin - めっちゃ好きです (9月12日 21時) (レス) @page45 id: 452f9d3433 (このIDを非表示/違反報告)
朝ごはん(プロフ) - 最高です。 (2022年1月10日 1時) (レス) @page45 id: 9242d0adf9 (このIDを非表示/違反報告)
匿名 - 素敵なお話で、一気に読んでしまいました!心が温まりました。 (2020年11月5日 21時) (レス) id: 92da2ec8b0 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ぴいち | 作成日時:2020年2月10日 23時