歯ブラシ×2 ページ23
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伸びをしてAが体を起こすと、いつもと違うことに気がついた。
枕元に置かれた新しい目覚まし時計は7時前を指している。
「目覚まし無しで起きれた…?」
朝が弱いAにとっては信じられない事実だったが、昨日のゆず湯のことを思い出して納得がいった。あのゆず湯のお陰で日頃の疲労が取れた事で、睡眠の質が上がったのだろう。
「Aさん、おはよう」
「あ、お、おはようございますっ」
ぼうっとAが眼を擦っていると、タオルで手を拭きながら寝間着にエプロンをつけた姿の北が洗面所の方から出てきた。初めてちゃんと見る北の寝間着姿にドキリと心臓が跳ねる。
腕まくりをしているトレーナーの袖口から見える筋肉質な腕がいつも自分のお弁当や美味しい食事を作ってくれていると考えると、Aは何だか泣けてきた。
「今日はいつもより早いんとちゃう?ぐっすり眠れたみたいでよかったわ」
「昨日のゆず湯のおかげですよ絶対。心做しか元気も出た気がします」
「ホンマに?そら、嬉しいわ」
ニコリ、と朝から眩しい北の笑顔。細められた目に優しい笑み。Aは北のこの笑顔が好きだった。見るだけで力が湧いてきて、活力になるような笑顔は確かにAを助けてくれていた。
どれだけ会社が嫌になっても、上司や同僚がクソ野郎でも、家族との過去が辛く苦しいものであっても。彼から向けられる笑顔を見ると、そんなものの全てがくだらないものに思えてきた。
「まだ朝飯出来てへんから、準備とか先にしとってな」
「はあい」
Aは欠伸を噛み殺しながら洗面所へと向かう。顔を洗うためにヘアバンドをつけた時、ふと歯ブラシスタンドへと目がいった。
自分の透明な桃色の歯ブラシの隣に並ぶのは、同じく透明な青色の歯ブラシ。北のものだ。
Aは妙に恥ずかしい気持ちになりながら蛇口を捻る。いや、住み込みでいてもらってるんだから当たり前じゃん。バシャバシャと顔に冷水を掛け、洗顔フォームに手を伸ばした時に鏡に映った自分の顔が見える。
「……なんて顔してんだよ自分」
苦し紛れに吐き出した、そんな文句。それは弱々しくて余計にAの中で恥ずかしさが増していく。
それを誤魔化すように泡立てたフォー厶にAは顔を突っ込んだ。改めて異性と一緒に生活していることを思い知らされた気がする。
それだけでいいはずなのに、なんで顔赤くしたりしてんだよ私は。
あぁ、自分ばっかり勝手に意識して、恥ずかしいったらありゃしない。
Aははぁ、と大きく息を吐いて紅を上書きした真っ白な泡を洗い流した。
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赤羽 - 好きです。最高 (4月12日 23時) (レス) @page45 id: b22b7ccd76 (このIDを非表示/違反報告)
わか - 今まで読んだ作品のなかで一番の作品でした!完結まで書いてくださり、ありがとうございました! (12月17日 18時) (レス) @page45 id: ba86f2a0b9 (このIDを非表示/違反報告)
rin - めっちゃ好きです (9月12日 21時) (レス) @page45 id: 452f9d3433 (このIDを非表示/違反報告)
朝ごはん(プロフ) - 最高です。 (2022年1月10日 1時) (レス) @page45 id: 9242d0adf9 (このIDを非表示/違反報告)
匿名 - 素敵なお話で、一気に読んでしまいました!心が温まりました。 (2020年11月5日 21時) (レス) id: 92da2ec8b0 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ぴいち | 作成日時:2020年2月10日 23時