酔狂な賭け事【BL】【男主】

第三十三話 ページ38

『……さっきの、何だったんですか』


屋敷からの帰り道。

街灯に照らされた街を、ポルシェが駆け抜ける。

流れる落ち着いたクラシックは、葵さんの義弟と嗜好は同じだった。

まだ熱を持った唇を指でなぞって、もう一度問う。


『葵さん。

さっきのは、……さっきのキスは、何だったんですか』

「俺の答えだ」


葵さんはきっぱりと言い切った。


「大奥と、賭けをしていた。

お前が家を出て行って、Aに何か余計なことを吹き込んだのは、あの女しかいないと思ったから。

俺がお前を連れ戻せたら婚約を解消する、そういう賭けだ」

『婚約を解消！？』


驚いて大きな声が出た。


『だって、葵さん婚約者の方と仲良かったんじゃ』

「お前もあの女みたいなこと言うのな」


「あの女」と大奥のことを罵りながら、葵さんは笑った。


「よくねぇよ。

組の次の頭としての社交辞令だ。

それにその話は大奥が勝手に進めてた話だから、俺は婚約した覚えも正直ないんだ。

二か月くらい前に急に家に指輪が送られてきたけど、多分そいつが婚約指輪のつもりなんだろうな」


「捨てたけど」と葵さんは快活に。


『捨てたって！』

「だって送り主の分からない荷物なんて、普通持っとくか？

送り返すにも返せねぇし、要らないものを持っておく主義でもないし」

『それも、そうですけど』


正論を返されて黙り込む。

でも、この人はどうして婚約を解消なんか。

答え、ってどういう……。


「着いた」


葵さんはそう言って、車を止めた。

ウィンドウの外を見ると、そこは家では無くて。


「降りて」

『え、待って、ここ何処』

「いいから」


葵さんに言われて戸惑いながら車を降りる。


「ここは街からちょっと離れたところでな。

街が一望できるんだよ。

夜は此処一面が色んな色で光って綺麗なんだよ。

分家といえど頭を命じられた頃、どうしていいか分からなかったから車走らせてた時に、ここを見付けたんだ。

お前に見せたくなったから連れて来た」

『でも、急にどうして』

「言いたいことがある」


がこん、車のトランクが開く音がした。


「こういうの、イタリア人は好きだろ？」


悪戯に笑う君。

俺はそれを見て、涙で視界が歪む。

言葉が出てこなくなる。





「Vuoi sposarmi?(俺と、結婚してくれないか)」

『え、あっ』

「Tu sei più di chiunque altro al mondo.(お前を世界の誰より。)





Ti amo.(愛している)」


真っ赤な薔薇の花束を差し出して。

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