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週末。
海人に指定された小さなバーへと足を運ぶ。
こんな日に限って天気はまた雨で、それだけで気分が重くなる。
駅の改札を出て傘を広げると、あの古びたビニール傘が脳裏を掠める。
いつかまた会えたらその時はちゃんとお礼を言おう。
永遠に来ないかもしれない「いつか」を考えては、ずしりと引き剥がす事の出来ないしこりが胸に残っているようで、気持ちが悪かった。
「あ。A!」
バーに到着すると、さっそく海人に見つかる。
広いとは言えない店内の奥から小走りで駆け寄って来る海人には、大きな尻尾が生えているんじゃないかという錯覚に陥る。
飼い主を見つけた時の飼い犬のような海人に、苦笑が零れる。
幼なじみの姿を目にするだけで、先程までの重苦しさが嘘のように、霧が晴れるかのように心が軽くなった。
幼なじみという存在は何とも偉大である。
「何笑ってんの」
「ふふ。何でもない。はい、これ」
笑ってしまった事を若干怒られながら、用意しておいた手提げ袋を手渡した。
「え。よかったのに」
「渡したかったからいいの。気にしないで」
海人が祝ってもらうつもりがなかったのは薄々気が付いていたけれど、日頃の感謝という名目で丸め込んだ。
やがて海人は、はにかみながら「ありがとう」と表情を崩した。
それから、海人が「紹介したい人」に会った。
初めて見る海人の彼女は、とても礼儀正しくて育ちの良さが滲み出ているような、綺麗なひとだった。
出版社で働いているらしい彼女との馴れ初めについて、海人が教えてくれた。
幸せそうに笑い合う二人を前に、私の中の何かが軋む音がした。そんな気がした。
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作者名:かる | 作成日時:2020年7月29日 0時