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「・・・Aです」
––––––––––A。
その名前に、海人の口癖をぼんやり思い出した。
目の前に居る彼女がその幼なじみだったら良いのに、と何処かで期待しているようだった。
フラフラと街中を漂うように流れていた時。
本当に抜け殻だったと思う。
気まぐれに、当時手を付ける気にならなかったカメラを抱えて外に繰り出していた。
そこで海人と偶然出会った。
漫画の参考になるような写真を撮ってくれ、と子犬のようなキラキラした目で懇願されたような気がする。
人の懐に入るのが上手くて、しかもそれを無自覚にやっているものだからタチが悪い。
「俺の幼なじみはね、すっごいかわいいんだよ」
これが海人の口癖だった。
特に興味もなかった俺は、毎回適当に相槌を打ってはその話を受け流していた。
「Aね、嘘つくのすっごい下手なんだ。それもかわいいんだけどね」
A。
幾度となく耳にした海人の幼なじみの名前。
綺麗な響きだと思った。
「親バカだな」
「あんな大っきい子産んだ覚えはありません!」
酔っ払いと会話しているのかと軽く錯覚を起こし掛けるのは毎度の事だった。
「名前からもう可愛さが伝わってくるでしょ?」
「いや。それは分かんね」
「ええー。分かってよ、友達なんだから」
そう言ってケラケラ笑う海人に、一つ疑問を投げてみた。
「––––––––––その幼なじみの事、好きなの?」
単なる好奇心だった。
漫画なんかでよくある幼なじみ同士の恋愛。
海人とそのAって奴もそうなんだろうという、何気ない質問だった。
しかし返ってきたのは、予想とは反対のものだった。
「んー?Aの事は好きだけど、家族としての好きって感じだからなあ」
お互いに、と付け足すように言った海人は何処か寂しそうに続けた。
「Aが泣いてるとこ、見た事ないんだ」
「・・・へえ」
「それに、いつも心ここに在らずって感じで危なっかしいんだよね」
「・・・・・・」
「誰かAを引き止めて支えてくれるような人が居たらいいんだけど」
「それは俺の役目じゃないから」と目を伏せた海人が何を考えているかなんて、俺に分かる訳がなかった。
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作者名:かる | 作成日時:2020年7月29日 0時