△ ページ29
.
とりあえず、と差し出されたバスタオルに身をくるんで暖かいコーヒーを啜った。
久々に訪れた紫耀の部屋は相変わらず生活感がなく、ガランとしていた。
「雨が降ってきたから帰ってきたけど丁度良かった」
とカップを手にした紫耀はソファーに腰を下ろした。
ソファーの上で伸びをする紫耀はまるで猫のようだ。
しばらくお互いに何も話さなかった。
何から話せば伝わるのか分からなかったし、分かって貰えるとも思えない。
悶々と、また負の感情に苛まれてしまうような感覚に陥る。
言い難そうにしていた事が伝わったのか、先に口を開けたのは紫耀だった。
「言いたくなったら言えばいいから」
優しく。
けれど焦られる事のないその声色に、酷く安堵が広がった。
気が付けば、誰にも言うつもりのなかった私の問題を口にしていた。
「どうすれば良かった・・・?」
紫耀に答える事など出来ないような問いを投げ掛けていた。
もう何が間違っていたのかも分からない。
今までの行動全てが間違っていたのだろうけれど、他に寂しさを埋める方法なんて思いつかなかった。
こんな事、問い掛けても意味はないのに。
懇願するような目で紫耀を見上げると勢いよく腕を引かれた。
眼前にあるのは彼の肩口だった。
「助けて欲しいなら素直にそう言えばいい」
Aを見放したりしないから、と背中に回された腕の力が強くなるのが分かった。
「・・・・・・笑ったりしない?」
「うん」
「怒らない?」
「うん」
「私を、置いて行ったりしない?」
「うん」
「・・・私を。たすけて、くれる?」
「––––––––––うん」
その日、初めて人前で声を上げて泣いた。
*****
223人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:かる | 作成日時:2020年7月29日 0時