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一瞬、呼吸が止まったかと思った。
「やめてよ。そんな訳ないでしょ」
「・・・俺の気持ち否定するん?」
眉を下げて視線を落とす廉の姿を見ていられる程、私は出来た人間ではなかった。
「・・・・・・ごめん」
気づけば廉の制止を振り払ってカフェを飛び出していた。
あんなに晴れていた空は、大粒の雨が流れるように地面を打っていた。
何かを叫ぶような廉の声が聞こえても足は止まらなかった。
一刻も早く、この場から去りたかった。
どうして忘れかけた頃にいつも思い出すのだろう。
持久力のすっかり落ちてしまった体は、全く思い通りにならない。
走る事に疲れ、深く息を吸った。
通り掛かった川の水面に落ちる雨粒を眺めながら、ぼんやりと童話の『人魚姫』を思い出した。
ラストシーンで王子と結ばれなかった人魚は泡となって消えてしまう。
経緯はどうであれ、生きてきた痕跡が跡形もなく消え去る事に焦がれている自分に、小さく笑みが零れた。
いっその事、泡となって消えてしまいたい。
自分の過去も現在も、全て消えてしまえば––––––––––。
楽だろうな、と思った。
無我夢中で走っていると
いつの間にか、あの部屋の前に居た。
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作者名:かる | 作成日時:2020年7月29日 0時