君想う夢・君恋し花

愛を売る人 … ３０ ページ31

「おかえりなさい、智久さん」
「ただいま戻りました…、来てたんですか…」


病院から、自宅の階段からの転落で運ばれた患者の緊急分娩で呼び出された、ERの医師達でオレが到着するまで、どうにか母体と胎児の状態をギリギリまで持ちこたえさせてくれて、オペ室に入るなり直ぐに分娩処置となった

幸いお腹へのダメージは最小限に抑えられていて、出血は少し多かったけど母子共に一命を取り留める事が出来た

少し弱めだけど産声も上げてくれて、産科医としてはホッとした

「センセイ、ホントにありがとうございました」
「少し早めの出産なので、赤ちゃんは小さめですが、お母さんもお子さんも元気ですよ」

オペ室の前でずっと待っていたんだろう、
母子の状況を伝えると、心から安堵した顔を見せた

そして看護師に促され、新しい家族に会いに病室に向かった

その後ろ姿を見送りながら、オレもホッとため息を一つ漏らした


宏光のトコで少しでも眠っておいて良かったな…
目が覚めた時に、腕の中でスゥスゥ寝息を立てているこじんまりとした愛らしい姿に、思わず忍び笑いが込み上げた

宏光はΩだ…
つまり、出産も可能な性種であるということ

取り上げた時の赤ん坊の重みが、両手に残っている

命の重み…、それは一つとして同じものは無い…
小さなカラダに計り知れない程の強い《生命力》を感じさせた

ギュッと握ったままの掌で、これから自分だけの《未来》を掴み取るんだろう



子ども…か…
いつか…オレにも…


そんな思いを抱きなから自宅に戻ると、迎えに出てきたのは、母親という名のオンナだった…


「何かご用ですか？」
「お仕事お疲れ様、…智久さん、この前お渡ししたお見合い写真、見て下さった？」
「見てませんよ、特に必要ありませんし」

だろうと思った…、新しい生命の誕生に穏やかな気分だったオレは、一気にウンザリ感に見舞われた

そのままその人の横を通り抜け自室に戻ろうとすると、「待ちなさい」と腕を掴まれた

「なんです？」
「もう少しご自分のお立場を考えて下さらないと」
「…立場、とは？」
「いつまでもお気楽な勤務医では困ります、然るべきお家柄の方と縁を結んで頂かないと、あなたのお父様が残した山下の行く末が…」

言葉の先を、オレは睨みつけることで黙らせた

「私がいてもいなくても、アナタと叔父か好きにしてるでしょう、今更私に何を期待しておられる？…父と同じく私を手懐けられると思っているなら、かなり愚かな人ですね」

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