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嫌でも分かる
今話している花子の目には今の僕なんか映っていない
ただ昔を懐かしんで、それ以上を求めることを諦めてしまったかの様な虚無な色だけが浮かんでいた
自分の中で今まで我慢していた糸がプツリと切れた
丁度タイミングを図ったかのように乗っていた車も目的地に到着したようでキッと高い音を鳴らし止まったため、冷や汗を浮かべ戸惑いながらこちらを見る伊地知を無視し花子の平均より華奢な手首を掴み車から引き摺り下ろす
「帰ってろ」と車を閉める直前に言い捨てた俺に伊地知は何か言いたげに口を開いたが音になる前にバタンとドアが閉まった
花子は驚いて俺の手から逃れようと身を引くが生憎離してやる程優しくはない
「ま、って…っ、五条さん!」
引き摺る形でひとつのアパートの二階までの階段を登る
最中に後ろをチラリと確認したが、黒塗りの車は既に姿がなくどうやら指示通りこの場を去ったらしいことが分かる
「なんで…っ!どうしてここ知って…」
「知らないわけねぇだろ」
ピシャリと言い放ち、目的の部屋まで辿り着いた俺は自然な動作で花子のポケットから掠め取った鍵を差し込み玄関を開けた
目を丸くし自分のポケットを確認する花子だが、そこにあるはずの鍵がなく信じられないと言わんばかりに俺を上げる
そう
ここは花子が新しく住んでいるアパートだ
玄関で靴を脱ぎそのままキッチンを兼用した短い廊下を通り部屋へ続くドアを開けた
「……」
部屋の中は布団一式が畳まれて隅に片付けられており、他はテレビも棚も設置されておらず生活感がまるでない部屋だった
先程通りすぎたキッチンもそうだ
使われた様子はなく数種類の栄養剤やタブレットが置かれているのみ
住み始めて半月とはいえ凡そ人が、まして女性が住んでいる部屋には思えない
自分と暮らしていたとき、彼女が作り出してくれていた暖かい空気は微塵も感じられなかった
…そこはまるで
いつでも自分がいなくなれるようにしているみたいで
花子と二度と会えなくなるその日が明確に頭に浮かび、背筋にゾワリと悪寒が走る
「……戻ってこい」
「……もど、る」
花子の手首を掴んでいた手を離しながら、小さな旋毛を見下ろしながら言う
強く握りすぎていたらしい、手首は赤く染まっていた
たどたどしく俺の言った言葉を繰り返した花子は少し間を置きゆっくりとした動作で首を横に振る
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ksbgtenmushi(プロフ) - すごく好きな作品でいつも続き楽しみにしてます!!是非続編のパスワード教えていただきたいです(o^^o) (2021年5月1日 1時) (レス) id: e9d7731bcb (このIDを非表示/違反報告)
あずき(プロフ) - いつも楽しく拝見させて頂いてます!!続編のパスワードを教えて頂きたいです。 (2021年4月27日 22時) (レス) id: 1f3621aec0 (このIDを非表示/違反報告)
雪椿(プロフ) - いつも楽しみにしています。続編のパスワードが解けるその日を心待ちにしてます(*^^*)応援してます! (2021年4月26日 22時) (レス) id: e95a52c7d4 (このIDを非表示/違反報告)
noenatsu(プロフ) - 続きがきになります!パスワードを教えて頂きたいです! (2021年4月26日 22時) (レス) id: a7d2cd1144 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - 続編も楽しみにしていました! パスワードを教えていただけないでしょうか? (2021年4月26日 20時) (レス) id: 947d5e398f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:かのん | 作成日時:2021年2月26日 0時