泡が七十三 ページ23
「……解らないのです。突然用を足して来ると言ったが最後、五分待っても戻って来ず、玄関を見たら靴がなかったので」
「そう云う意味ですか」
「?何か?」
「いえ、此方の話です。でもよく解りましたね」
「逃走経路は一本しかないので。街でパン屋を営んで居ますが、住居は山奥なんです。両親の残して呉れた家ですので」
にこりと微笑む彼女に、森は少し同情の気持ちが働いた。
「海津君、驚いたのは解りますが何故逃亡を?」
「其れは……ほら、俺は親ってのを知らねぇだろ?そんな俺が子供を育てるなんて想像も出来ないというか、良い親に成れる気がしなくてな。其れに十二年間だぞ?そんなに空いてしまったら親子の溝は埋まらないと云うか、何と云うか……。ああ、一番怖いのはそれだ。俺は父親として認識してもらう事が出来るのか?」
「其れは大丈夫。彼の子には彼方が父だと伝えてあるわ」
「「は?」」
普段合わさることの無い二人の声が重なった。
「事情があって、お父さんは貴女の事を知らないけれど、何時かは伝えるからって」
「知らなかったのは」
「ええ、貴方だけ。今日伝えるねって云ったら彼の子、凄く嬉しそうな顔をしてたから。街の人には迷惑を掛けたけど、疾って来たの」
「そう成ると、海津君、君は恐れる事は無い筈だね。親に成るのなど誰だって初めてだろうし、君の思う様にすればいい」
「ああ、そう、か。そう、なのか?……ちょっと上司に休み貰って来る!!」
「海津君?」
思い立ったが吉日なのだろうか、海津は診療所を飛び出した。
「あ、妻には手を出すなよ!」
一旦戻って又出て云ってしまった。
「済みません、ご迷惑掛けまして」
「いえ、職業柄慣れてますので」
「有難いお言葉です。そう云えば、森さんは彼の職業を知っているのですよね?」
「如何してそう?」
「先刻も知っている体でのお話だったでしょう?」
落ち着いた話し方に似合わず、悪戯っぽい笑みを見せた。
「ええ、まぁ。奥さんは?」
「知りません。でも危ない仕事だと云う事は判っています。初めて会った時も傷だらけでしたしね」
「そうですか」
知らずに、其れでも結婚した彼女が強い女性に見えた。
と、
「お話しは終わった?リンタロウ」
幼女が一人、現れた。
金の髪を持つ美しい幼女。
「森さんもお子さんが?」
「否、妻です」
「そうですか、素敵ですね」
想定外の返事に森は少し戸惑った。
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作者名:京beスウィーツ | 作成日時:2017年9月24日 9時