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泡が六十六 ページ16

ガチャリ、と鍵の締まる音が聞こえた。

それは中原が首領の命を遂行した音であったが、Aにとって今は少しの寂しさを感じる程度であった。
また明日、会えるのだ。
週に一度の訓練が毎日に変わった。其れは体力が低下したAにはきついものになるだろうが、それに勝る喜びがある。

中原に云われた通り、ご褒美は冷蔵庫に置いておいて、先にシャワーを浴びる。
湯に打たれながら、Aは鼻歌でも歌いたい気分になったが、代わりに目から液体が流れ落ちた。


「……何で」


把手(ハンドル)を捻って湯を止めるも、頬を伝う生温かい其れは止まる事がなかった。

意味が解らない。
心が弾む時は涙など出る筈が無いのに。

短くなった髪を後ろで結び、湯船に浸かる。
未だ涙は止まらない。
違和感を感じて頭まで湯に浸かってみた。
髪を結った意味がなくなったとは思いながらも、異物である涙を湯に溶かしてしまいたかったのだ。

ふ、と。其れらしい原因が見えてきた気もした。

中原が体術を指導してくれる。
其れはAの身体機能を守る為であり、其れは彼女の組織脱退を手助けする為でもある。
此の段階で、組織を重んじる中原に背信行為とも取れるような、自身の逃亡補助をさせてしまっている事に罪悪感を感じていた。

若し、昔のままの自分であったのなら。
そんなことなど気にも留めずに只管喜んだだろう。
この牢獄から出られるのならそれでいい。海底で夢見た地上の生活が実現されるのなら。

けれど今は知ってしまっている。
中原にどれほどの負担がかかるのか。先ず其処まで持って来るのにどれだけの危険性(リスク)があったのか。
自分の身体を鍛えるためには先ず首領の許可が要るのだ。
恐らく直談判だろう。
若し脱出の為だと魂胆を見抜かれたら?そうでなくとも何かしら勘繰られたりしたのなら、彼の立場は危うくなる。
其れは容易に想像できた。

又、Aが組織を抜ける事は、詰まりは中原との永遠の別れを指す。
逃げられたとして、捕獲命令が出されるかもしれないし、最悪殺せとの命が飛ぶかも知れない。最低でも喉は潰されるだろう。
とすれば、容易に会うことは出来なくなるのだ。

脱出が近づくとともに、中原との別れも近づく。

恐らく楽しいと感じ始めた今に、太宰が居ないのが哀しい。
恐らく楽しいと思われる未来に、中原が居ないのが哀しい。


要は厭なのだ、双人(ふたり)揃っていないと。




「我儘だなぁ」




泡を幾つか吐き出した。

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作者名:京beスウィーツ | 作成日時:2017年9月24日 9時

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