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泡が七十 ページ20

ポートマフィアの首領、森鴎外はとある日の事を思い出していた。
未だマフィアの首領と云う座に着く前の、闇医者時代をーーーー。




「済まない、森医師(せんせい)

「いえ、仕事ですから。それにしても貴方が大怪我なんて珍しい」


深夜、珍しくも無く深手を負った裏社会の住人が診療所を訪れた。
彼とは此れ迄も数回面会したが、血みどろに成った姿を見るのは初めてだった。


「はは、買い被られちゃ困る。俺はあくまで下働きなんだからさ。今迄は弱い奴ばっか当たってたのになぁ、運が悪いこった」

「ご謙遜を。ポートマフィア遊撃隊のエース、海津殿」

「ふぅん、流石情報が疾いね、情報屋さん」

「おや?お気づきでしたか」


彼は森の正体を暴いた初めての患者でもあった。
確かに、それらしき書類を管理してはいたが、カルテに紛れ込ませていたし、怪我に集中する荒くれ者が気付く筈も無いと高を括っていた。


「資料の扱いは杜撰にしない方がいい」

「ご忠告感謝致します。さては気になるご婦人からそう言われた事が?」

「ぶっ……ば、な、何をっ、あ、痛!」


患者は相当取り乱したようで、行動に動揺が現れていた。
森としては先程の意趣返しと云ったところだ。


「いえ、前迄は些細な怪我は自然に治した方が良いとか仰っていた御仁が、今日は隅々迄処置しても文句を云わない。見た目を気にする相手が出来た事は明瞭でしょう。加えて大怪我迄されている。浮かれる事でもあったのですかねぇ。お付き合い、だけならそうでもないでしょう。書類関係となると御結婚ですか。確かにそんな大事な紙を大切に扱わなかったとなると、お相手もさぞやお怒りでしょうね」


一気に喋り終えると、患者、海津は苦笑しながら両手を挙げていた。


「降参、降参」

「相手に仕事の話は?」

「してない。云える訳ないさ、彼女は一般人だしね」


指通りの良さそうな黒髪を振って、海津は少し俯いた。


「貴方が一般人と?」

「ああ。俺は知っての通り昔から裏社会の人間だった。親もいねぇ孤児で、貧民街でマフィアに目を付けられ其の儘仲間入りを果たした。剣も銃も扱えるって事で結構仕事を貰ってたんだが、ある日任務に失敗して傷だらけの所を……」

「待って下さい。其れ、聞かなきゃいけませんか?」


長い話になりそうだと予想した森が制止の声を掛けたが、


「聞いてくれたら嬉しいぜ、医師」


清々しいほどの満面の笑みに、森は長い諦めの溜息を吐いた。

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作者名:京beスウィーツ | 作成日時:2017年9月24日 9時

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