Toxxxic【蟲籠の蝶番】[2]

▼ ページ16

一体どう説き伏せようか、と頭痛すら覚えていると、ジジッ、と導線に電流が走るような音がして、何も無い宙に長方形の画面が現れる。液晶もないのに映像が流れるだなんて、まるで近未来を描いたSF映画のようだ。画面には、暫く砂嵐が流れていたが、やがて鮮明な人物の映像になり、先程私の部屋に入ってきたハンジソンという男が笑顔で手を振っている様が流れた。


『やっほ〜二人とも目覚ましたんだねぇ。オハヨ〜。言い争ってるところ申し訳ないんだけど、逃げようなんて考えないでねえ。もうアジト半壊とか面倒くさいし、さっきヒョンジンも起きたからそっちの分が悪いっていうのは分かるでしょ？音声も映像もぜんぶ筒抜けだし、逃げるとかは諦めた方が身のためだよー』

「……全員半殺しにすればいいんだろ」


ぞくり。背の神経に氷を張られたような強烈な寒気だった。

今言葉を発したのは、本当にこの、隣で私の手を握っている男なのかと目が揺らいだ。信じられない。絵本の中の王子か、純真な主人公、或いは神話の天使かのような容貌をしているのに、彼の口から出た低い声は、脅しやハッタリと呼ぶには恐ろし過ぎた。その気迫故か、ヘラヘラとしていたハンジソンも一瞬笑みが取れ、つぶらな双眸をやや見開く。


『ねえ、やめときなって。僕にあんまり、やっすい脅し文句言わせないで。本当に怪我させたい訳じゃないんだよ。実際……なんて名前だっけ。その、彼女にはなんの危害も加えてないだろ？ヨンボガ、君を傷付けたのだって君が抵抗したからなんだし___』

「気安くヨンボガなんて呼ぶなよ。僕だけならまだいい、でも彼女は関係ない。AはOrdの人間だ。今すぐ帰せ！」

「フィリックス、やめて！ここで強硬に出るのは絶対得策じゃない！」


今にも暴れ出しそうなリクスを必死で止めていると、包帯の巻かれた彼の二の腕に、黒い血が滲み出している。比喩的な赤黒さでは、ない。墨汁を半紙に垂らしたような漆黒であった。まだ傷が治っていないのだ。こんな状態で、私というお荷物を抱えて逃げ果せる筈がない。

……傷つかないで、欲しいのに。

こんなにも優しいこの子に。傷ついて欲しくない。ただそれだけ、なのに。


「……お願いよ」


頭上で、フィリックスが息を呑む音が聞こえた。いつの間にか、目の縁に溜まっていた涙が、熱を持ったビー玉のように膨れ上がり、ぼろっと流れ落ちていった。


「もう、やめて……つらいの」

「……つら、い、って」

「あなたが、傷付いてるところなんて、みたくない」


恥も外聞もなく、彼らに見られていることにも構わず、縋るようにそう言って、その薄い胸元に額を擦り付けた。

▼→←▼

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す