人生とは甘美である。Jun.M (ページ29)

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ドアノブにかけた手が止まる。

耳に届く鼓動の速さが私の緊張を物語っていた。

「あれ、聞こえなかった？雅さん？」

今度は背中がゾクゾクとして思わず身震いした。

なぜなら私のすぐ後ろに松本さんが近づいてそう囁いたからだ。

こんな時に、「何のことですか？」
「誰のことでしょうか？」と言えたらどれだけいいだろう。

呼ばれたのが苗字ならまだしも、源氏名で声をかけられたらそれはもうアウトでしかないのだ。

そしてその投げかけられた言葉に対して私は何も言えなくなっていることが、何よりの証拠だ。

唾をゴクリと飲み込む。

「……気づいてらっしゃったんですか？」

「バレてないとでも？」

今すぐ振り向いて頭を下げて謝りたいのにそれができない。

なぜなら松本さんが私のすぐ後ろにいるから……。

仕方なくそのままの体勢で謝ることにした。

「っ、申し訳ありません。
すぐにあちらの仕事は辞めますので、……あの…っ本当に申し訳ありません」

「別に謝って欲しいわけじゃないけど…。
ただ働いてる理由があるならぜひとも聞きたいし知りたい。

けど……」

「俺は……君に興味があるみたいだ。」