おかえり恋情、さよなら世界/gttb ページ10
ガチャリ、と音を立ててドアを開ければ、全く同じタイミングで隣のドアもガチャリと開いた。
「あ、おはようございますー」
「おはようございます、ぐちつぼさん」
今日暑いっすね、なんてゴミの入ったポリ袋を持ちながら出てきた隣人のぐちつぼさんは、私の手にもポリ袋が握られているのを見て「Aさんもゴミ捨てっすか？」と聞いてくる。彼に頷けば「奇遇っすね。俺もです」なんて返ってきて、逆にその持ち物でゴミ捨てじゃなかったらなんなんですかと笑ってしまった。
ぐちつぼさんは私に笑い返すと、家の扉を閉めてアパートの目の前にあるゴミ捨て場へと足を進める。私もそれに続いてゴミ捨て場へ向かえば、先に網の中へポリ袋を放り込んだぐちつぼさんが「あ、どうぞ」と私が捨てやすいように網を上げてくれた。ありがとうございます、とお礼を言ってポリ袋を入れる。おもしとして置かれた石で網に蓋をすると、彼は顔を上げて「今日も仕事っすか」と聞いてきた。
「そうですね。こんな気温の中出勤するのも嫌になっちゃきますけど。ぐちつぼさんもお仕事ですか？」
アパートへ戻りながらそう彼に聞いてみる。すると、ぐちつぼさんは少し困ったような顔をして手と首を軽く振った。
「あーいや、俺は休みです」
「うわぁ、いいなぁ」
「はは、でも部屋クーラー壊れてるんで俺も暑いのは変わらないんすけどね」
「あ、やっぱり良くないかも。っていうかクーラー壊れてるのに今日長袖で大丈夫なんですか」
「あー、まぁ。俺、暑いの好きなんで」
「あは、なんですかそれ」
何気ない会話をしている内にもう互いの部屋の前に着いて、それじゃあなんて別れの挨拶を交わす。部屋に入る少し前、あ、と声を上げたぐちつぼさんを見れば、彼は眼鏡の奥の赤い瞳を柔らかく歪ませて笑った。
「お仕事、頑張ってください」
「あ……はい。ありがとうございます」
私が返事をしたのを確認すると、ぐちつぼさんはもう一度「それじゃあ」と言ってドアを閉める。ぎい、がしゃん。錆びた音が鳴った。数秒の間閉じた扉を見つめたあと、私も部屋の扉を閉める。ぎい、がしゃん、がちゃり。彼の部屋と同じような音だ。
それにしても。私は少しクーラーの効きが悪い部屋を歩きながら、彼の顔を思い浮かべる。ぐちつぼさん、良い人だよなぁ。話しやすいし、優しいし。……まぁ眼鏡の奥の細い目とか、大きな身体ははちょっとだけ怖いけど。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 59人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
