花の聲 ニ

六十五 ページ18

雄也.


宏太さんの誕生日が近付いてきたある日。

俺は慧さんから、唐突にその事を告げられた。

「お一人で眠られるのですか？」

こくっと頷く慧さんから、差し出された紙を読む。

『将来兄(あに)さまの事を手伝いたいの』

『まだ内緒ね』

『甘えてちゃだめだから』

『頑張ろうと思う』

……なるほど。

将来宏太さんの補佐をして、このお店(たな)を盛り上げていきたいと。
独り立ちの一環として、夜も一人で眠れるようにしたい。
…て、ことか。

(聞いたらご家族全員号泣しそう…)

想像に容易過ぎて笑いを堪えながら、頷いた。

「とても良いことと思いますよ」
『ほんと？ほんとに？』

ぱあっと破顔する彼に、もう一度頷いてみせた。

「でも、仰る通り少しの間内緒にしておきましょうね」
『…判ってくれる？』
「ええ、まぁ」

ただでさえ、慧さんの事となると心配が過多になる方々だから。
それだけの目に遭っているし、そのお気持ちは察して余りあるけれど。

「こうしませんか？」

急に一人で眠らせるのは俺も心配だから。

「段々慣らして行きましょう」
『？』
「何日か、慧さんが眠るまでお側にいます」

日にちを掛けて、一人になる時間に馴染ませる。急にだと身体も心も付いてゆけなくなるから。
……うん、俺も甘い。充分甘い。

『ゆうやっ』
「え？わっ」

猫のようにすり寄られ、慌てて抱き留めた。甘い香りが鼻を擽る。

『やっぱり雄也はおれのことを判ってくれてる』
「そんなことは…」
『ありがとっ！』

そんな全開笑顔で…ああもう！可愛い！

衝動のまま唇を押し付けた。彼が驚き固まったのはほんの一瞬。
すぐさま首の後ろに細い腕が絡む。

『んっ、ゅ…ぅん…』

ぱたぱたと叩かれ、はっ！となり離した。

「すっ、すみませ…慧さんっ？」

くたぁ…と寄り掛かってくる全身からは力が抜けきって。
やっべぇ…舌絡めちまった…。

それにしても無防備が過ぎる。


…俺が言える事じゃないか。



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