花の聲 ニ

六十二 ページ15

雄也.


「女房と弟が冷たいっ」

がたたっ。

「何か？雄也」
「いえ、何も」

自室で帳簿付けをしている彼の元に、お茶を運んできた途端何言い出すやら。

(よかった溢れてない)

浅篭に盛り付けられたかりんとうは、少し崩れただけで済んだ。
この部屋の火鉢に掛けられた鉄瓶から湯を注ぎ、ゆっくり茶を淹れる。


「ありがとう。慧は今日も出掛けてるんだろう？」
「お熱いので気を付けて…はい、光先生とお俥で」
「うん、それならいい。でも寂しいっ」
「お察ししますよー」

棒読みしてみたら、「うん、いいね」って褒められ(？)た。
何がいいんだろう？

「良い感じに解(ほぐ)れてきたね」
「はぁ…」たまに表現が抽象的過ぎて、理解に苦しむんだよな…。

「真面目な話、何をしているのだと思う？」

曖昧にした返事を気にすることなく、問い掛けられる。
彼の切り替えが早いから、俺はどうしても反応が遅れるのだけれど。

「正直判りかねます」

きっかけは恐らく、山田屋の坊やだろうとは思う。
ただ、光先生と一緒となると…。

「後ねぇ…」
「はい？」
「うん、蔵に置いてる薬草のことなんだけれど」

やおら立ち上がった彼が廊下を伺い、戻って腰を下ろした位置は俺に近い。

「近頃あからさまに減っていてね」

え。そんなさらりと言われる事ですか。

耳打ちするかのような距離感に、目線だけ動かした。一つ頷いた彼に、今度は俺も顔を寄せる。

「上手く油断しているようだから、そろそろ一度お仕置きしようと思う」
「…判っているんですか」誰の仕業か。
「まぁね」

ふっと離れた宏太さんは、おもむろにかりんとうへ手を伸ばし一本齧る。

「あっま。こりゃ光向けだ」
「お清さん、たっぷり蜜を絡めたそうですよ」
「今度は煎餅にして」

心底甘そうな様子に、つい笑いが漏れてしまった。

「ぁ、笑ったね？試してみなさいよ」
「はぁ…こりゃ確かに」

あっま！どんだけ絡めたの。

「ほーらね。茶ぁ飲みな、口ん中甘いだろ？」

お言葉に甘え、予備用と宏太さんの湯呑みに茶を注ぎ足した。
これも大分慣れたことだ。
本来は主と茶を交わすなんてあり得ないけど、ここんち色々常識覆ってるから。

「改心してくれればと思ってたけど…祭りの出店で、新しい葉(・・・・)を、こっそり売ってたと聞いてね」

それは…つまり堂々と。

「横流ししている…と」
「正解」

笑顔が怖いです、宏太さん。

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