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閑話休題。彼に逃げ出した標本の蝶について聞く。
「クジャクヤママユっていう、正式には蛾なんですけど。数年前に展翅した虫でして、昨夜乾燥剤の交換のためにそれのドイツ箱を開けたまま席を外したら、部屋の扉から逃げ出したクジャクヤママユとすれ違いまして」
「えっと、無知ですみません。ドイツ箱とは…?」
「標本の箱のことです。標本にした虫の保存に一番適していると言われている製品なんです」
「へー…そんなものが…あ、すみません。続きをお願いします」
彼は話をさえぎって質問しても嫌な顔せずに答えてくれた。というか、なんだか雰囲気やら話し方やら、すごく頭良さそうだなエーミールさん。これはFBさんとは違うな…なんて失礼な事を考えてしまった。
「地下にある作業部屋なんですけど、咄嗟に蝶を追いかけたら何故か玄関が開けたままになってたんです。高齢の祖父と二人で暮らしているので、きっと祖父が閉め忘れたんでしょうけど…」
「それで逃げてしまったと…夜だと探すにも探せませんしね」
「そうなんです。それに、標本の蝶が逃げ出すなんて冷静に考えれば有り得ないじゃないですか。夢かと思ったんですけど、部屋に戻ったらたしかに蝶はいなくなってましたし。蝶に刺してあったはずの針の位置はそのまま、蝶だけがいなくなっていたんです。こんな非現実的な話、真面目に聞いてくれるのはここくらいだと思いまして」
「なるほど…」
標本にしたはずの蝶が動き出した。これは確かに普通に考えればありえない話だ。だが、この手の話。よく言われるのはかの有名なアレである。
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