キミを拉致せよ、一月九日。 (ページ28)

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二十六日ページ28

スーパーの自動ドアが開いて、一歩二歩。「おい」なんてぶっきらぼうな声に顔を上げた私はそのまま凍りついた。

「…な、んで、いるの」
「やっと見つけた。なんで逃げたん？ずっと一緒や言うとったやろ？なぁ今どこに住んでるん？なぁ、答えてや」
「っ、はなして」

キツく握られた手首がキリキリと悲鳴を上げる。思わずその手を振り払えば、「は？」と聞き慣れた威圧的な声が上がった。体がすくむ。もう随分前に感じていたあの地獄が、すぐそこまで近づいた。膝が笑って、指先の温度がすぅと消えた。

「いったいなぁ、なにしとん？お前そんなことしてええ立場とちゃうやろ」

ジリジリと壁沿いに駐車場まで追いやられ、人気もなくなる。もう、だめだろうか。このまま、あの時に戻るのだろうか。

いや、だなぁ

「お前が困ってた時助けてやったの誰やと思っとるん？お前は恩返しせなあかんのとちゃう？なぁ」
「っ！」

浮かんだのは、照れくさそうに笑う彼。

「…そうだね、恩返し、しなくちゃ」
「何今更分かったん？おそない？…まぁええわ、はよかえんで」

強く引かれる腕。逆らえない力。けど、足の震えはもう無い。引かれた力に沿って大きく足を踏み出した。

「っは？」

ぐんっと流れる景色。掴まれた腕はいつの間にか離れていて、せっかく買ったもやしは無惨にも地面に落ちた。

「おい！！」

ひゅうひゅうと耳元でなる風が気持ちいい。はやく、早く逃げなきゃ。後ろから足音が追ってきて、心臓が早る。

「っはぁ、」

逃げ込んだのは細い路地裏だった。走りつづけるには私の体力が足りず、戦うには力の差がありすぎる。隠れるのが、最適解だった。

遠くで私を呼ぶ男の声が聞こえる。あの声が、もう少し遠くに行けば、と、バイブする携帯。着信元は、

「…三枝さ、」
《堤さん！っいま！どこに！》

どっと、押し寄せたのは安堵。半年を共にした彼はすでに揺るぎない私の安寧になっていたのだと認識する。
それと同時に耳を刺した足音と私の名前。近い。

「家の方に3本ずれた裏路地に！」と、言い切る前に男の声。
「こんなところに居たんか」

やけににこやかなその顔が怖い。袋小路なうえにしゃがみ込んでいたから、下手には逃げられない。

《堤さん！？っ堤さ！！》

電子にのって聞こえていた彼の声が、ブツリと切れた。いや切られた。

「今の誰？俺の知っとるやつやないな。なぁ、俺んとこから逃げた先で他ん男作ったんか？はは、尻軽か」

なら、こうなるんも仕方ないよなぁ…

重く、熱い拳が振り下ろされて、頭が回った。