二十四日 ページ26
「あ、もやし切れてる」
バコ、と空気圧の変わる音がして、冷蔵庫の扉を開けばそこにはあるはずのものがなかった。
今日はしゃぶしゃぶにしたかったのに、もやしがないとなればそれはもうしゃぶしゃぶとは呼ばない。他のメニューにしようにもしゃぶしゃぶ用の豚肉は既に解凍済み。これをもう一度冷凍させるのは鮮度と味的に気が引ける。ならば、買いに出るしかないだろう。
この家から一番近いスーパーは徒歩15分。そろそろご飯どきに差し掛かるこの時間、本来なら料理に取り掛かっていたい頃だ。
買い物に行くときは三枝さんと、なんてルールがあるけれど、三枝さんは少し前に配信を始めたばかり。徒歩15分のスーパーなんて、本当は1人でも問題ないのに三枝さんの過保護症だ。
…うん、1人で行ってしまおう。さっさと買って帰ってくれば問題ないんだから。
腰棚の収納スペースからペンと付箋を取り出して。
「…もやしが、切れていたので、買ってきます。いつものスーパー、です。30分ほどで、もどり、ます」
現在時刻を書いて、締めくくり。
久しぶりに1人で歩く街は、三枝さんの隣を歩く時よりも広くて騒がしい。1日の半分以上を同じ家の中で過ごしているから、目新しい話題とか、その日あった面白いこととか、そういうのはあまり話のテーマとしてふさわしくはなくて、どうしても好きなものとか、得意なこととか、バイトの面接みたいなことばっかり話して。でもその度に三枝さんのことをより多く知れたんだと嬉しくなった。
三枝さんに「俺とずっと一緒なのは疲れないか」と聞かれたことがある。居候をさせてもらい始めて2ヶ月ほどが経った頃だった。「全く」と答えた私に三枝さんは苦笑いで「ならいいけど」。
それはなんだか私が遠慮からそれを口にしたと決めつけんばかりの表情で、違ったのに。
そういえば、私は生まれてこのかた1人の時間を作ったことが無い。独り立ちするまでは母と、独り立ちしてからはあの人と、それから今は三枝さんと。誰かと過ごすという事が当たり前の人生で、今更苦痛なんて感じるわけもない。
少しの時間こうして1人で歩くだけで、いつもは隣にいる三枝さんのことばかり思い出して、私はとことん1人になれない人間だ。
「…あ、もやしあった」
有機もやし、と緑色のゴシック体でプリントされたビニール袋を二袋。他には何もいらないからと、一直線にレジへ向かい会計を済ませた。
これであとは急いで家に帰るだけ。なのだけど、
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作者名：でん太郎
| 作成日時：2022年11月28日 21時
