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「……Aさん?」
「っはい!!」
ビクリと肩をこわばらせたAさんは、なんとも形容し難い、ほんとうに、何その顔?と言いたくなる、困惑と羞恥と何かが混ざった、おかしな表情をしていて、思わず吹き出した。
「えっ!笑う?ここで?私今すごいどうしたらいいか分かんなくて、笑う?それを?」
「それ僕の立場だと思う」
「…うん、それは、そう、ごめんね、急に」
「別に、いいよ、びっくりしたけど」
「……Aさん、さっきのこと、聞いてもいいですか」
「…はい、」
こくり、と小さく頷いたAさんが、ゆっくりと口を開いて、その時僕の携帯が鳴った。
「…すみません、シフトだ」
「あ、ううん、がんばって」
がんばって、といいながらAさんの顔はこわばっていて、そりゃそうか、タイミングが悪すぎた。教室へ戻るために踏み出した足を引っ込めて、Aさんのほうへ。小さな彼女の手を取り、痛くないよう、力を込めた。
「今日、一緒に帰りましょう。その時、また聞いてもいいですか?」
「…わかった、また、連絡するね」
「はい」
やっぱりまだ少しぎこちないけれど、確かに笑ったAさんを残し、今度こそ中庭に出る。
「…Aさんのお母さん」
そこには、彼女の母親がいて、思わず足を止める。Aさんのお母さんも、僕を見て少し迷うそぶりを見せた後、カツカツとヒールを慣らし近寄ってきた。
「剣持刀也くん、でいいんだよね」
「はい、大丈夫です」
「帰ろうと、思ったんだけど、一つだけ言っておきたくて」
Aさんのお母さんが僕に言いたいこと。きゅ、と心臓が縮まった気がする。
もしかして、近づくな、だろうか。いや、さっきの様子を見ればそうじゃないことくらいわかるけど。どうしても、少し怖い。
「…Aが、眠れないっていうのを昨日聞いたの。でも、最近になって解決に近づいたって。協力してくれた子がいるんだって。それって、刀也くん、君であってる?」
想定の、斜め上。戸惑いながらも頷けば、女性はふんわりと笑って、「ありがとう」と、そう言った。
「…いえ、こちらこそ、Aさんが眠れるようになれば、」
「Aのこと、好きでしょう」
「え」
「みてれば、わかるよ。ごめんね、あの子のこと、そういうのに触れさせずに育てたから、さっきみたいなことたくさんあるでしょう」
「…いえ、まあ」
「…もし、きみが良ければ、Aのこと、お願いね」
正直に言おう。
好きな人には、自分のことが好きだと親に紹介され、その親には好きな人を頼まれる。
誰が、なんと言おうと、今この瞬間僕は世界一の浮かれものだ。
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作者名:でん太郎 | 作成日時:2022年10月2日 17時