陽炎（かげろう） (ページ8)

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「マツジュン、奢ってくれるんだろ？早く行こ」
気付けば智はもう着替え終わってて、俺を見上げてふわっと笑った。
「あ、ああ。すぐ着替えるから、待ってて」
慌てて着替えながら、頭の中で智を連れて行く店をいくつかチョイスする。
あんまり食わないだろうから、いいもん置いてるとこにしよう。
酒もつまみもなかなかの渋い店だ。

二人でタクシーに乗り込み、向かったのはスタジオから車で二十分ほどの
わりと静かな場所にある店。最近見つけたこの店は、ちゃんとした看板とかが無くて
完全口コミの隠れ家的な創作料理の店で、酒の種類も豊富だった。

「なんか普通の家っぽいね」
垣根で囲まれた門を開いて中に入ると後ろに続く智が呟いた。
ちょっとしたお屋敷風の建物で雰囲気のある庭の奥に入口がある。

「いいでしょ、ここ」
「うん。いい感じ。なに食わせてくれんの？和食？」

興味津々で期待満載な笑顔を見せる智の反応に気持ちが上がる。
いろんなこと置いといて、単純にあんたの笑顔を見ると嬉しくなるんだ。

「和食っぽくもあり、洋食っぽくもあり…まあ、お楽しみって感じかな」
入口を入ると叩きがあり、靴を脱いで上がる。

「いらっしゃいませ」
落ち着いた店の雰囲気に合わせて和服をアレンジした制服を着た女性が席まで案内してくれる。
個室と座敷があって使い勝手のいい、俺らみたいなのにはもってこいの店だと思う。
　
通されたのは中庭に面した個室で石灯籠と小さな池が見える。
差向いに座り、まずはメニューに目を通す。

「注文は任せるよ」
ざっと目を通しただけで智はパタンとメニューを閉じてふわりと笑った。
「ああ、任せとけ」

智の好みは承知してるから、頼みすぎないように気を付けて数品をチョイスする。
「取り敢えずビールにする？」
「うん」
意外に遠く聞こえた返事に顔を上げると智は中庭の方を向いていた。