始まりの春の世界 ページ10
[いつまで逃げ続けるんだ?]
そこは、暖かい春の世界だった。
暖かくて柔らかい風が、黄緑色の柔らかい芝生と色とりどりの花を揺らす。
川のせせらぎの音がどこから聞こえてくる。
のどかで美しい世界だった。しかし、ここには動物も虫も何一つおらず、まるでこの世ではないような気さえしてくる。
私の前には女性と男性が立っていた。
女性はほっそりした高身長の体を薄紅色の着物に包んでいる。
綺麗な女性だった。たおやかで、優しげで、華奢なのにその瞳には何処か強さがあった。芯の強さ。
男性は細いが、貧弱という印象は全く受けない体を青灰の着物に包んでいた。
男性はその口をぐっと一文字に結んでいる。濃い灰色の柔らかそうな髪を風に遊ばせている。
「どなた…ですか?」
芝生の上にぺたりと座りながら訊ねる。
女性はしゃがみこんで、私と同じ視線の高さにしてくれて言った。
[私は、私達は貴方の瞳よ。いつもあなたを見守ってたのよ。]
「私の…目?」
そういえば、この女性と男性からは何も見えない。
真実の青も、虚実の赤も。
いつも視えていたのに。
[そうだ。…まず、いきなり話しても困惑するだろうから説明してやる。
1度しか聞かないからよく聞け。]
男性が、若々しい声とは裏腹に、厳しい口調で言ってきた。
その男性に苦笑した女性が言う。
[あなたも随分丸くなりましたね。でももう少し柔らかく言ってくださいな。
主様はまだ少女なのですから怖がらせてしまいますよ?]
少し、しょぼんとした顔で男性が言う。
[俺はこれしか知らないのだ。どう話せばいい?]
[そうですね、まず…]「あ、あの…」
長くなりそうだったから遮ってしまう。
「説明、を、していただけますか?」
一瞬目を大きくした女性は、そのあとふわっと笑った。
八重桜の様な、華やかだがどこか儚さを感じさせる笑みだった。
[そうね。ごめんなさい。話を中断してしまって。
ええと…どこから話しましょうか…]
まず、私は貴方の瞳のレッドメノウよ。と女性は言った。
と、いうことは男性の方はイエローカルセドニーなのだろう。
女性は話し始めた。
長い長い、私達人間にはとても想像出来ないような大きな話を。
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