漆 ページ10
翌日。
午前10時の開店時間に合わせて店内の清掃を行う。
商品の上に積もった微量の埃を落としながら、今日の予定を考える。
そろそろ本業の方も手を付けなければならない。アイデアも纏めないと、担当の人に怒られてしまう。
まだ人探しの算段もついていないのに、どんどん気が重くなっていく。
溜息混じりに息を吐くと、出入り口のベルが鳴ると同時にドアが開いた。客人は商品棚が影になっていて見えない。
「すみません、まだ準備中なのですが……」と帰宅を促しながら、顔が見える位置に場所を移動すると、そこには洋服姿の若い男性が立っていた。
セットされた髪に、脇にコートらしき羽織物を抱えている。出で立ちはどう見てもセレブ社長風だ。
その男性は腕に装着した時計を確認すると、軽く謝罪しながらと微笑み、「何分、待ちきれなかったんだよ」と言った。
(何を言ってるんだ? この人)
どう対応すれば良いのか分からず戸惑っていると、レジ横の扉から月寧さんが顔を出す。
「コウ君、どうしたの? 何時もより遅いけど……、天誠さん!?」
月寧さんは驚いた様子で男性を見つけると、すぐに裏に引っ込んでしまった。
知り合いだろうか? 呼び方からして、親しい仲の様にも見えなくもないが……。
「そんなに見つめられたら、穴が空いてしまいそうだよ」
「うわっ! すにませんっ」
茫然としていたら、どうやら男性に熱烈に視線を送っていたらしく、笑われてしまった。
ついでに動揺したせいで、謝罪をする際盛大に噛む。その様子が可笑しかったのか、彼は口を押さえて肩を震わせていた。恥ずかしさで、穴があったら入りたい気分だ。
そして、再び月寧さんが表に出てくると、彼の興味は彼女へと向く。
「久しぶりですね……」
「お久しぶりです、月寧さん。相変わらずお美しい。そんなに他人行儀でなくても良いんですよ」
彼は月寧さんの手を取り、和かな表情をする。
第一印象は紳士的でフェミニスト。だが、何だろうか。悪い人ではなさそうだが、彼には妙な雰囲気を感じる。
すると、ギィ……と店の玄関扉がゆっくりと開く。そこに日里さんが苛立った様子でやって来た。
「おや、日里君じゃないか。相変わらずの悪人面だねぇ」
風を切る音が鳴った。
男性と月寧さんの間、厳密にはその奥の壁。何かが突き刺さっている。よく見ると、レジ近くに置いて合った六角鉛筆が、壁に突き刺さっていた。
ヒュッと喉が鳴り、血が一気に引いていくのが分かる。
ヤバい。彼は確実に怒っている。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 4人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：十二月三十一日 | 作者ホームページ：
作成日時：2017年3月13日 2時
