拾陸 ページ19
すると、此処へ来た時に見掛けた大きな木住宅街から顔を覗かせる。
その木からは大分距離があると思うのだが、尚も枝を覗かせている辺り、相当な巨木なのだろう。
「気になるかい?」と不意に声を掛けられ、我に帰る。ミラー越しでは頰を緩ませる天誠さんが見え、少し不快に思いながら素直に肯定すれば、彼はあの巨木について話してくれた。
「あの木は千年桜だ。樹齢は分からないが、千年と言うぐらいだから、相当歴史深い大木だと思うよ。4月になると、桜の花が一斉に咲いてとても綺麗なんだ。この花笠区では何処でもあの姿を見る事が出来るよ」
「千年桜……って、花笠区?」
聞きなれぬ地域名に思わず聞き返すと、彼は「言ってなかったけ?」と惚ける。
(全然聞いていない!)
俺は知らぬ間に陽炎町の中心に位置する花笠区に来ていたらしい。つまり、鳥羽山家は此処に屋敷を構えている事になる。
花笠区は陽炎町を調べた際、多くの情報が出てきた地区だ。
陽炎町の中心都市に当たり、恐らく最も発展している地区。観光事業が盛んで、特に春先に最も力を入れている。理由は、此処の桜は毎年綺麗に咲き乱れ、古風な景色がそれを引き立てる故、毎年人気の花見スポットとなっている。
そして、一番の醍醐味がこの千年桜だ。
天誠さんによると、この木が一番の綺麗に桜が咲くらしい。更に花笠区なら何処でも見られる事もあり、激戦区の花見会場で宴会しなくとも楽しめるのだ。
しかし、今や陽炎町の名物と化している千年桜には、一つ注意すべき点がある。
そもそもここ陽炎町は“人間と妖が共存する町”だ。それを可能にした要因の一つがこの千年桜にある。
千年桜には“
華やかな観光名物でありながら、そこには密やかな闇が存在する。聞いただけで背筋が凍るが、もし隠世に行けたならどうなるのだろうと多少の好奇心も湧いた。だが、その好奇心は時として人を殺す。そっと頭の隅へ追いやった。
「今度は桜を見に来てよ。屋台も沢山出てるし、きっと楽しめるよ」
「そうなんですか。行けたら行きたいですね」
世の中知らなくてもいい事は沢山ある。
今は来月にある陽炎町のビックイベントだけに目を向けていよう。来月がとても楽しみだ。
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作者名:十二月三十一日 | 作者ホームページ:
作成日時:2017年3月13日 2時