小鳥遊煌凜の怪異帳第一章前編【陽炎町怪奇譚】 (ページ12)

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自室に戻ったのは良いが、やる事がない。だからといって、再び店内に戻る気にはなれなかった。と言うより、成人男性二人の可哀想な惨状を見ていたくなかった。
このまま本業の仕事をしても良いのだが、下には絶賛月寧さんに怒られているお客さんもいる。一度執筆を開始すれば、中々一階に下りられない。
どうすれば良いのだろうと部屋をぐるぐる回っていると、本棚の下段が目に入った。
そう言えば、あの本を読んでなかったな。
本棚の前でしゃがみ、一番下段にある小鳥遊燐之介著の泡沫ノ祭を手に取った。ここに来た初日以降、忘れていたのだ。
丁度良い。途中まで読んでしまおう。
机の前で胡座をかき、その本をゆっくりと開いた。

読書を開始して、どれぐらいの時間が経っただろうか。ふと壁に張り付いている掛け時計を見ると、何と既に午前11時を回っていた。とっくに店の開店時間を過ぎている。思わずそのままの体制で固まってしまう。
(ちょっと待った、嘘だろ!)
慌てて本を本棚にしまうと、すぐに自室を出て階段を下りた。
すると、すぐにお盆を携えた月寧さんと鉢合わせる。

「月寧さん! お店は!?」
「あら、コウ君。お店は色々あったから、結局正午まで臨時休業にしたの。ごめんなさいね、はしたない所まで見せちゃって」

彼女の謝罪に大丈夫だと返事をし、少しだけ深呼吸をした。休業にしたのか、良かった。
となると、あの人は帰ったのだろうか。あの後の動向が気になるが、聞くだけ野暮だろう。

「今、コウ君も呼ぼうと思ってた所だったなの。丁度良かったわ」
「そうなんですか。あ、それ持ちますよ」
「そう? なら、お願いね」

月寧さんからお盆を譲り受け、居間へ向かう。
お盆には4つの湯のみが置かれている。何故、4つ? と言う疑問は、居間の襖が開くと一瞬で理解してしまった。

「あ、月寧さん待ってたよー」
「……」

襖の向こうは悪夢の様な光景だった。
やっぱり居たのか。彼はここに来た時と変わらぬ笑みで此方に手を振っている。
その一方、日里さんは男性に背を向け、机に頬杖をついていた。顔は見えないが、きっと不機嫌そうな顔をしているのだろう。
再びお盆を月寧さんにお盆を渡し、円卓の前に腰を下ろす。

「君が小鳥遊煌凜君だよね。俺の名前は鳥羽山天誠(とばやまてんせい)。鳥羽山家次期当主で、一応医者をしているよ」

頭に衝撃が走った。
(この人が“あの鳥羽山さん”!?)
想像と遥かに違う人物がやって来た事に驚きが隠せなかった。