甘いだけがいいものではないぞと猫は言う ページ38
「A」
こっち。バーヴァンシーはそう言ってAの手を引く。Aが道案内をしたあの日から彼女はたびたびAに声わかけてくるようになった。何の繋がりもない二人だろうに何故、と思う者も当初はいた。しかし当たりが強い彼女が一人でも心を許して寄っていける存在があるのならそれに口を出すのもいかがなものかという考えになり、口を出す者がいなくなったのが現状だ。ちなみに彼の父親も黙認している。
そんな二人は途中で飲み物を頼み、受け取ってから共有ルームの椅子に対面で座った。たまに視線を他にやったり一息ついたり、口元にコップを運んだりする。ただそれだけ。「あの」会話のない無言の時間が続き気まずさを感じたAがバーヴァンシーに声をかける。
「何をするでもなく私といるだけなぞ詰まらないにも程があるのでは？」
「私の暇が潰せるからいいの」
Aの問いかけに間髪入れずに答えるバーヴァンシー。ふーんとAは彼にしては軽く感じる相槌を打ちながらタマモキャットに作ってもらったレモネードを口に含んだ。強い酸味に顔を顰める。ふとAが視線を彼女に移すとじっと自分を見ていることに気が付いた。何か？と声をかけると彼女は体を少しビクリと震わせ、えっとと少し戸惑った様子で話始めた。
「改めて見ると肌黒いなお前って思って」
「そうですか？普通だと思いますけど」
Aは自身の手に視線を向ける。「気になるなら見ます？」そう言うと彼は二の腕までの長さがある手袋をすっと外し、彼女に自身の手を見せた。「武具を扱うと手の皮が厚くなるのですよ。こんな見た目でも戦士ですから」そう言うとバーヴァンシーはそうなの？と少し興味あり気な反応をしてAの手に手を伸ばした。
「うわ傷だらけ」
「私は王子という立場でしたがそう柔く暮らしていける環境下におりませんでしたので」
「…ふーん」
「それで何故握るのです？」
「…別に。顔見んなよ、うざい」
素っ気なく言うバーヴァンシーにAもそうですかと視線を適当なところに向けながらそっと返す。そのまま無言の時間がゆっくり過ぎていく。二人とも不思議と気まずいとは思わなかった。
彼は知らないのだ。彼女がずっと自分の手を握っていたわけも、彼女がどんな表情で自分を見ていたのかも、すべて。
知らなくていいのだ。彼が彼女に感じる近視感も、彼女が彼に抱く想いの名前も、全部。
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影印 - Ayakaさん» コメントありがとうございます。自分の中では最近ギャグ寄りの話が多いけど大丈夫かな…と結構心配になっていたのでその言葉がとても嬉しいです。 (2021年6月26日 15時) (
レス) id: 2648135176 (このIDを非表示/違反報告)
Ayaka(プロフ) - 面白いです。続きも頑張ってください！楽しみにしてます。 (2021年6月22日 19時) (レス) id: f23d5c420b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：影印 | 作成日時：2021年5月22日 12時
