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手が離れ、さてと、と彼が立ち上がる。
私も立ち上がり
「話し込んじゃいましたね。
菊池さんの貴重なプライベート時間なのにすみません」
「ちょたんま。
Aちゃん、その菊池さんってやめない?
ファンなら菊池さんって呼んでないっしょ?
俺のことなんて呼んでんの?」
「菊池君」
「はい嘘ー!いつもの呼び方で呼んでみ?」
なんで嘘だとバレるのだ。
今日ずっと落ち着いていた心臓が騒ぎ始めるのがわかる。
「ふ」
「ふ?」
わざとのように目を合わせてくるのが憎らしい。
「ふ、風磨君」尻すぼみになる。
「もうこの辺で勘弁してください」
本人を前にすると恥ずかしくて、俯いて両手で顔を覆う。
「わかったから、ごめんて。可愛いなぁ。」
と言いながら私の両手を掴んで、顔から手を引き剥がし下から覗き込んできた。
「今度からそれでよろしく」
満面の笑顔で言ってくる。
「お客様なのに…」私が恨みがましく言うと
「俺がいいって言ってるからいいんじゃん?それか2人だけの時はそう呼んでよ」
と事もなげに言った。
部屋を出ながら
「やべー時間使いすぎた?
Aちゃん店長さんから怒られる?」
と気遣ってくれる。
「大丈夫です。そもそも私の話のせいですし。
今日はこれで最後の予約だったので。」
「ならよかった」
店の扉を出ると、じゃまた、と彼は軽く言った。
「スーツの進捗などご連絡します」と私が言うと
おう、と言いフードを被りポケットに手を突っ込む。
慣れたように大通りを流れるタクシーを捕まえると、さっと乗り込み彼を乗せたタクシーは車の波に消えていった。
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作者名:にこ | 作成日時:2021年9月25日 22時