もう一人の人斬り玖 (ページ10)

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397話ページ10

注文を聞かない右喜に左之助は少し不機嫌そうな声を出す。
右「ダメよ!あんたはダメ!いくら父さんがいいっていっても、ウチの家計を握ってるあたしがダメったら、ダメ。半デコ言ううちは絶対にダメ!」
断固拒否する右喜のことを左之助がじっと見ていると、右喜はその視線に気がつく。
右「な、何よ、さっきから。ハッ」
右喜は信州の片田舎に咲く一輪の花の自分にテレていると勘違いし、左之助は昔は自分の後ろをチョコマカついて来てた可愛いヤツが、変わったなぁと思っていたのである。右喜はそうとも知らずに照れながらお品書きを左之助に見せる。
右「そういうコトなら、仕方ないわね。いいわ、あなたも食べてよし!」
左「?何なんでェ、一体?わけわかんねーぞ、お前…」
結局、左之助の注文も聞いてもらえた。食後、左之助は右喜と央太を観察する様に見ていた。
「御馳走様」
右「ホラ、央太。食べ終わったらちゃんと口をふいて。それと帰ったらちゃんと歯、磨くのよ。虫歯になったら大変よ」
左「…………オイ。先日といい、お前、その丸ホッペ甘やかしすぎじゃねーのか」
右喜は左之助にそう言われるとキッと睨みつける。
右「あのね!先日といい、人の家のこと、口出さないで!」
左「ああ?」
右「他人のくせして、よけいなお世話なのよ!」
央「…あの」
上「なんだと、コラ。も一遍、言ってみろ!」
突然、上下ェ門の怒声が店内まで聞こえ、一同は呆気に取られる。
右「今の…父さん?」
その頃、上下ェ門は荷駄桜屋で笠を卸しているはずであった。
上「今更この編笠、引き取れねェってのは、どういうコトだ、ああ!?」
桜「すまねェ。引き取りたいのは山々なんだよ。けど…」
上「………不動沢が手ェ回してきたのか…」
桜屋の旦那は困り顔で小さく頷く。
桜「…ああ。それだけじゃねェ…ずっとウワサされていたヤツの後楯…どこぞの元維新志士(おえらいさん)が、ついに出張ってきたんだよ。ヤツの一番の狙いの絹糸も、今年最後の出荷を控えた今を逃すと次は春まで空いちまう……間違いねェよ。ヤツらいよいよ、本腰入れてこの宿場を盗るつもりだ。本当に済まねェ、旦那…けど俺も家族と奉公人を路頭に迷わすわけにはいかねェんだ…」
桜屋の旦那の悔しさが滲む声に、上下ェ門は品を置いて、踵を返す。
上「どうやら、要らぬ心労させちまったな…編笠(そいつ)はわびの代わりに置いていくぜ。東谷一家の一切手抜きなしの逸品だ。大事にパーッと売ってくれや」
店を出ると人影が見える。