もう一人の人斬り玖 (ページ8)

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395話ページ8

上下エ門は左之助が熱さで悶絶する様子を得意気な顔でいると、左之助は上下ェ門を殴り上げる。そのまま、喧嘩をすること数刻。日が暮れ始める頃には、二人とも体力が尽き、倒れてしまう。
上「……っと、いけねェ。もうこんな時間か…今日の処、勝負はおあずけだ」
左「逃げるのか、コラ」
上「バカヤロウ。俺には仕事があんだ。一日中お前と遊んでるヒマなどねェ」
左「ケッ、相変わらず土まみれて大根作りかよ」
上「畑は不動沢に潰されて、しばらくもう使えねェよ。右喜や央太にひもじい思いはさせたくねェ。今年は寝る間も惜しんで内職の編笠作りだ」
上下エ門の背中はどこか寂し気であった。しかし、その状況を性格に知らない左之助は上下ェ門に疑問を投げかける。
左「なんでそんな目に遭ってまで、Mっパゲ共とやりあってるんだ?そもそも、養蚕だの絹糸だの、大根農家のウチとは関係ねェだろ」
上下エ門の目には、激しい怒りとも憤りとも思わせるものがあった。
上「いくらお前がバカでも、この辺が昔、いかに僻地だったかは覚えているだろう。あの頃は大根はもちろん、いくら上質の絹糸といっても運ぶ手立てが無く結局、他より安く買いたたかれてしまっていた…みんな一緒に苦労してた。そんな時に維新が成って、街道が出来、宿場が開けた…おかげでやっと、朝、昼、晩と白米(メシ)とおかずを一緒に食べられる程度の暮らしが出来る様になった。その暮らしが再び奪われようとしてる様を、関係無ェなんざ言って端で見過ごせるか‼︎不動沢に伝えな。どんな後楯がついていようと、上下エ門は絶対に屈しねェとな」
左「後楯……Mっパゲも自慢してたが、何だいそりゃあ?」
上「維新志士様だとよ。どういうつながりかは知らんが、今はかなり高官らしい。喧嘩の続きはちゃんと受けてやる。家は覚えてんだろ。いつでも来やがれ」
上下エ門はそう言って、行ってしまう。左之助はその背中を見ながら、“維新志士”という言葉にいい顔をしていなかった。
その日の夜、不動沢は豪邸にいた。升に入れられた酒とグラスに注がれたワインが鳴る。
不「こんな田舎まで、わざわざ御足労願ってすまねェ、叔父貴。叔父貴には儂が力士だった頃から、世話になりっぱなしだな」
谷「ハハ、お前が親方半殺しにした時は流石に大変だったがな。で、どうなった。ホラ、例の絹糸の宿場の一件は?」
不「一人、頑固な親父が邪魔しているけど、ま、時間の問題だな。一気に土俵から張りおとしてやるさ」