元柱だった隊員・2【不死川実弥】

76話 ページ26

「Aさんは、誰にでも笑うようになった」


しのぶはあの時のAと、今のAを比較しながら思い出す。


「誰にも笑うことのなかったAさんが、いつの間にか笑うようになった。気がつけば笑っていた。
でも、あの人の笑顔があることで、その場の士気は上がるんです」

「……」

「この人がいればきっと大丈夫。そう思えるような人。
まるで、私の姉と同じように」


しのぶは悲しい表情で善逸を見る。


「善逸くん、Aさんの笑顔は、常に本物だと思いますか？」

「……」

「私は思いません」


脳裏には、姉の訃報を聞いた時のAの慟哭が響いている。

全身の痛みや倦怠感で辛いはずなのに、それを忘れるほどの絶望と悲しみと怒り。

本当に心は原動力だと、しのぶは実感した。


「あの日、Aさんは負の感情だけに囚われて、やつれていく。皆がそう思っていました。
けどあの方は体も回復した頃、何事も無かったように笑っていた」

「……」

「今まで笑っていなかった人が笑うんですよ。
今まで、姉や不死川さんの前でしか笑わなかったAさんが、皆の前で笑う」


しのぶはあの日のAの表情に言葉が出なかった。

慟哭を聞いたからこそ、本人が気にしているのは分かっていた。

何ならAのせいで姉が死んだとも思っていない。全ては鬼が悪い。

だからこそ、Aを見ていられなかった。


「Aさんは、姉が死んでから笑うようになり、そして笑顔で柱を辞めた。
代わりに甲隊員になることで、自由に動ける身になった」


しのぶの言葉で善逸は分かった。

確かにそうしたら支援などがやりやすくなるだろう、と思った。

だが、どうしてAが笑うようになったのか。


「あの人にどのような心境の変化があったのかは誰も知りません。
ただ善逸くん、あなたに話したのは、あなたがいることでAさんは少し楽になったと思います」

「え……俺が？」

「雷の呼吸は、会得者が少ないと聞きます。
実際、Aさんのように全ての型を自由自在に使いこなせている人を見たことはありません。
けど、あなたは壱ノ型を極めたと聞きます。その事で、少しはAさんも救われたと思いますよ。
あなたがいてくれるだけで、心が軽くなる」

「しのぶさんも、そうなんですか？」

「……えぇ、そうですよ」


しのぶも、炭治郎に全てを託した。

それだけで、心が楽になる。

だからこそ、Aの気持ちが少しは分かるのだ。

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