その軌跡を語るなら

24．12-1 ページ24

《Aが語る》

考えなければいけない事は沢山あった。

会社は、私の決心を尊重してくれて、室長と、エッセンの支店長と、日本とドイツの人事の担当者と、あと、なんだかよく解らない人と、何度も話し合った。
そして、5月になろうかという頃、10月1日付での異動が正式に決まった。

8月末まで休職扱となっている為、それはそのまま有効とし、9月は10日程日本で引き継ぎ等の業務を行い、その後渡独。
だが、引き継ぎと言っても、実際にはもう4月から後任者が仕事をしているので、あくまでも形式的な引き継ぎになるだろう。

姉夫婦は、ここに私を住まわせる事を考えていたようだが、私はそれを固辞した。
これ以上迷惑はかけられないし、ひとりでやってみたかった。
ひとりできちんと生活してみたかった。

こちらにいる間に住む所を決めておきたいので、エッセンの支店長に紹介して頂いた不動産店で、今、部屋を探して貰っている。
実際に住むのは9月になる旨を相談すると、最大限考慮すると言ってくれた。

私が正式にドイツへ移住するニュースに、小さいユリアンはとても喜んでくれた。

「でも、ここには住まないのよ」

と言ったら、少し残念そうにしたが、すぐに名案が浮かんだという顔をして言った。

「じゃあさ、合鍵くれる？」

お前はAの彼氏か！ と、姉に一蹴されて笑っていた。

「鍵はユリアンじゃなくあたしに預けてね？ やっぱり心配だから持ってた方がいいでしょ？」
「解った、ありがと」

そんな話をしながら、私たちはその試合のテレビ中継が始まるのを待っていた。

ブンデスリーガ第32節。
シャルケはアウェーでボルシアMGと対戦する。
もちろん、ユリアンと私はユニフォームを着用している。
飲み物やお菓子の用意も万全だった。
楽しい試合観戦になるはずだった。
試合開始のわずか10分後に、その衝撃的な映像が流れるまでは。

メングラのDFと激しく交錯した篤人君は、仰向けに倒れたまま動かなかった。

頭を打っているようにも見えた。
私は、手が震えて仕方ない。

チームメイトは篤人君の回りに集まっているが、恐くて誰も彼に触れることが出来ないようだ。

母が倒れた時もこんな風だったのだろうかと思った。
直ぐに救急搬送され、1ヶ月ICUで頑張ったけれど、結局母は戻って来なかった。

篤人君は死んでしまうのだろうか？
そう思ったら、怖くて、胸が苦しくなった。
そんなのは絶対嫌だ。

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