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《Aが語る》
姉とふたりで急いで作ったその夜の献立は、蓮根のきんぴら、ブリの照り焼き、ほうれん草の煮浸し、豚汁と、ひじきご飯という、食べ盛り男子には物足りないメニューだった。
だけど、量だけは沢山作ったので、それで勘弁してもらう。
「イタダキマス」
大きいユリアンの片言のいただきますは、内田さんが教えたのだろう。
その可愛らしさは、少し緊張していたみんなの気持ちを和らげた。
食事が終わって、みんなでコーヒーを飲んでいる所へフィリップが帰宅したが、彼の驚き方は凄かった。
リビングのドアを開けたまま、中に入ることも出来ずに固まった彼は、持っていた鞄を床に落とし、しばらくそのまま動かなかった。
実は、一番のシャルカーはフィリップだった訳で、何故なら。
「ああ、この人、ゲルゼンキルヒェン出身の、筋金入りのシャルカーなの」
青い服着て産まれて来たらしいわと、姉が笑いながら説明した。
「ゲルゼンキルヒェンって?」
「シャルケのホーム」
内田さんが教えてくれた。
知らなかった。
フィリップは私たちがユニフォームを着ているのを見て、何かを思い出したのか、一度リビングから出て行った。
しばらくして戻って来たフィリップが手にしていたのは、古いシャルケのユニフォームだった。
少し色が褪めた青いそれには、今はもういない選手や、引退してしまった選手等のであろうサインが、沢山書いてあった。
「ウシ、良かったら僕のにもサインをくれるかい?」
「え? 日本語?」
「ああ、僕は日本に10年いたからね。サイン、貰える?」
「はい、喜んで!」
『ユリアンも、お願い出来る?』
『もちろん!』
ふたりは、すげーっとか、これいつ頃の? とか言いながら、隅の方に遠慮がちにサインした。
色褪せたサインに、今書かれたばかりの新しいサイン。
こんな風に時間や記憶は、積み重なっていくものなのかも知れない。
その素敵な、ノスタルジックなユニフォームを囲んで、少ししんみりとした空気が漂う。
『君たちが生まれる前から僕はシャルケのファンで』
フィリップの昔話が始まりそうになり、姉が慌てて遮る。
『はいはい、それ始まっちゃうと長くなるから!』
内田さんは笑っていた。
私も笑っていた。
私の時間も、過去も、消えてなくなりはしない。
あの、古いユニフォームのサインにように、共存していくしかないのだと思った。
地層のように。
ワインの瓶の、オリのように。
それは、静かに積み重なっていく。
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馨子(プロフ) - リオさん» リオ様、コメントありがとうございます。仰る通り、篤人さんは何だか悲恋の匂いがしてしまうのです。時折見せる、物憂げな表情のせいかしらと思います。これからも、楽しんで頂けるよう、更新頑張りますね!f(^^;) (2014年1月15日 7時) (レス) id: b44ca2bc26 (このIDを非表示/違反報告)
リオ(プロフ) - 初めまして。素敵なお話をありがとうございます、気付けば一気に読んでしまっていました。難しい恋、切ない恋、大人な恋……どうして彼はこんなにも似合うのでしょうね!まだまだ前途は多難な様ですが、これからも楽しみにしております(*^^*) (2014年1月15日 3時) (レス) id: 28f69f1789 (このIDを非表示/違反報告)
馨子(プロフ) - 星さん» 星様、コメントありがとうございます。ピーコートのくだりは私も書きながら少し切なくなりました(笑)。自画自賛ですね…。読んで下さる方の妄想をいかに引き出すか、余り細かく描写しても良くないですし…。続きも楽しんで頂けるよう、頑張りますね。 (2014年1月12日 7時) (レス) id: b44ca2bc26 (このIDを非表示/違反報告)
星(プロフ) - 初めまして。もしかしたらこんな切ない想いをこんな恋をしているのかも…と妄想しつつ(笑)一気に読んでしまいました。内田くんがヒロインの赤いピーコートの後ろ姿を見て、切なくなる想いにきゅうとなりました…。素敵な大人のお話ですね。続き楽しみにしています。 (2014年1月12日 2時) (レス) id: 59223def46 (このIDを非表示/違反報告)
馨子(プロフ) - 空さん» 空様、コメントありがとうございます。逆風、吹いてますが、見守ってやって下さいませ。これからも楽しんで頂けるよう、頑張ります(*^^*) (2014年1月9日 22時) (レス) id: b44ca2bc26 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:馨子 | 作成日時:2013年11月30日 1時