その軌跡を語るなら

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《篤人も語る》

最終予選でヨルダンに行ったりしてたから、ユリアンのサインがすっかり後回しになってしまった。
おまけに試合は負けたから、ワールドカップに出場出来るかは、6月のオーストラリア戦まで持ち越しになった。
まあ、ホームで決めたらいいじゃんね？

『ユレ、ちょっとお願いがあんだけど』

練習場からクラブハウスへ戻りながら、ユリアンに話しかけた。

『サイン欲しいんだわ』
『美人のお姉さんに頼まれたやつ？』
『あ？まあ』
『あー、俺も行けば良かったよ。 綺麗なお姉さん、見たかった』
『ははっ。いいから、サイン書いてよ』
『…いいけどさ。これ、どこで渡すの？』
『まだ決めてないけど？』
『俺も一緒に行きたい！』
『はあ？』
『じゃないと、サインしない！』
『なに言ってんの』
『マジでーす。ウシさんのハートをつかんだお姉さん、見たいし』

パパから何を、どんな風に聞いたか知らねえけど。

『そんなんじゃねぇよ』
『いいじゃんかー。俺、ホントに書かないよ？』

ニヤニヤしながら、俺の顔を見てる。
全く。

『…とりあえず、聞いてみるから』

村上さんの携帯に電話をかけたけど、留守電になった。
どうしようかと思ったが、もう一度かけてみる。
今度は出た。

「…あ、こんにちは、 あの、内田です」
「あ、こんにちは」

聞こえてくる村上さんの声は、少し緊張しているようだった。
いや、それは俺の方か。

「ユリアンが、村上さんに会いたがってて、会わせないとサインしないって駄々こねてんですけど、ダメですか？」

彼女はどうしましょうと言って、少し待って、と言って、電話の向こうで誰かと話しているようだ。

「あ、あの内田さん？ もし大丈夫ならデュッセルドルフまで来れますか？」

え？今日？今から？
お礼に食事をと言っている。
もちろん、ユリアンも。

「ちょっと待って下さい」

隣にいるユリアンに話すと、OKと親指を立てる。

『日本食だって言ってるけど、大丈夫？』
『全然！』

「じゃあ、今、電話切ったらすぐメールで住所を送りますから」
「解りました」
「気を付けていらして下さい」

喜んでいるユリアンを自分の車に乗せて、届いたメールの住所をナビに送る。

って、喜んでるのはユリアンだけか？

さっきは、そんなんじゃねぇよって言ったけど、もしかして、会う口実にサイン貰ってやるって言ったのか？俺は。

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