Cancer【フェイ･ルーン】 ページ5
.
「……君は誰なんだ」
サッカー棟を、ほんの少し出た辺りでフェイとAは対峙していた。対峙を意識していたのはフェイだけかもしれない。二人の間には黄金色の太陽が沈みかけている。
もう他の人間はとっくに帰宅してしまった。あとに残っているのは二人だけだ。フェイの細い首は汗でじっとりとしていた。Aは怒らない。泣かない。戸惑わない。まるでフェイがそう尋ねるのを待っていたかのように。
「分からない、かな」
「分からないよ。なぜ僕たちに協力してくれるの？」
Aはようやくちょっとだけ笑う。くすくすくす。フェイは眉を下げて困ったような、戸惑ったような顔をした。悲しそうな顔をした。何かを思い出してしまいそうだった。
「戦いにはイレギュラーがつきものだよ。あ、でも黄名子ちゃんのことは私も本当によく分からないんだあ」
彼女はフェイの質問に答えなかった。フェイは冷たい水のような眼差しをしてAをわざと睨んだ。その睨みは機械的だった。彼女は拒まなかった。フェイはまるでわるい病気にかかったみたいに胸が苦しくなった。何かを思い出しそうな気がする。焼けたコンクリートの匂い。そんな匂い東京にはない筈なのに。
Aが忌々しかった。焼けたコンクリートの匂いがする。人差し指に、引き金の跡が残っているような気がする。胸の内で重々しい何かが渦巻いている。
「フェイ」
泣いてなんかいないさ。フェイは強がった。Aはまるで仲間のようにフェイの手の先を握った。フェイは泣きそうになってしまった。ようやくAが誰なのか思い出せそうになる。自分はもっと、大きな組織だった気がする。胸元がぐっと喉に迫ってきた。息苦しい。生き苦しい。
フェイは呼吸を荒くしながら何歩か後ずさった。既に泣いてしまいそうな顔だった。気づいてしまったの？ Aは尋ねた。結局は何も、気づけなかった。でもぼくは。
「君を、信じたくないんだ」
フェイはめいっぱいに涙をためて小さく叫んだ。そのくせ指は強く握り返されている。心の癌にかかってしまった。なんとなくフェイはそう思った。ぼくは、ぼくのからだは、もともと悪い病気にかかっていたのだ。
なかないで。Aは小さく呟いた。フェイは子供みたいにごしごしと涙を片手で拭って、そのうち大きく泣いてしまった。二人の風前の灯は、ゆらゆらとまたたいて凪ぐ夕に飲まれていく。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 39人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ヅカ(プロフ) - 蒼依さん» 返信が遅くなってごめんなさい！ 作者です。シャボン玉みたいな短編集、、、ウレシ〜です！♡ 過去に書いた拙い話も多く載っていますが、好きになってくれてありがとうございます！ よろしければこれからもいらっしゃってくださいね(^-^)v (6月14日 22時) (
レス) @page29 id: 841dbd16f5 (このIDを非表示/違反報告)
蒼依 - 確かに不穏なものが多めですがそこがラヴだしあたしこういうシャボン玉みたいな短編集好き^ - ^ 金魚のはなしいいですね！！！💖 (2023年2月2日 0時) (レス) id: 210e1b584c (このIDを非表示/違反報告)
ヅカ(プロフ) - つぉいさん» 本当にありがとうございます嬉しいです泣泣 私はその言葉でまた書いていけます(; ;) これからも気が向いた時に見にきていただけたら幸いです！ 新しい話書こ〜〜〜〜〜〜〜︎（◜𖥦◝ ） (2022年10月16日 18時) (レス) id: 841dbd16f5 (このIDを非表示/違反報告)
つぉい - 文字の、ひとつひとつに、綺麗な光が灯っていてとてもとてもうつくしいなあと思いました。ありがとうございます。 (2022年10月9日 2時) (レス) id: 4f84d41f05 (このIDを非表示/違反報告)
ヅカ(プロフ) - りんさん» やったー！！ 応援ありがとうございます(;-;) 気まぐれな更新にはなってしまうと思いますが付き合っていただければ幸いです！ コメントありがとうございましたp(^-^)q (2021年3月7日 23時) (レス) id: c875d84994 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
