【呪術廻戦】夏油くんしか！【短編集】 (ページ8)

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『君のことが好きだ』

忘れていく。

『本当かい？……嬉しいな』

忘れていく。

『抱き締めても、いいかな』

ひとつひとつ、忘れていく。

『忘れていいよ』

いつかは跡形もなく、消えてなくなるのかな。

「結城さん？」

「……あぁ、すみません、なんですか？」

補助監督さんに声を掛けられていたことに気が付かず、聞き返す。
雨が車体を叩く音は意識を自分の中に閉じ込めてしまう。
埃を被った記憶のある所まで、落ちていく。

「いえ、大した話ではないんです。それより、大丈夫ですか？」

「何がですか？

「結城さんがボーっとしてるのってなんだか珍しいから」

「そうですか？」

軽く笑いながら「私だって普通にボーっとすることくらいありますよ」と何てことなく返し、窓の外に視線を向ける。
世界が雨の色に染まっている。色彩がなく、何処か重たい色。

「ちょっと考え事です」

彼は今何処に居るんだろう。

雨に打たれてなければいいな、なんてことを思う私はいまだにこの思い出から手を離せないでいる。

彼から手を、離さないでいる。

車が発車する。雨が強くなる。
任務をひとつ終え、これからまた別の任務に向かう。
こんな大雨の中外を回らないといけないなんて、酷い仕事だ、呪術師という仕事は。

こんな世界に足を踏み入れなければ。
呪術の世界になんかに身を投じなければ。

そんなことを思って、いつも「あぁでも」と思い直す。

この世界に入らなければ、彼には出会えなかったのか。

夏油傑。

呪術界を離反した、私の同級生で、私の初恋の相手で、

元恋人だった。

過行く雨色の街並み。
東京には今日も多くの人々が行き交う。

その景色の中、私は無意識に、彼の姿を探している。

自分の女々しさに頭が痛くなる。
私の世界の中心が今でも彼であることにうんざりする。

私は多分、まだ傑のことが好きなのかもしれない。

『好きなのかもしれない』という風に言えるようになったのは、少しは前に進めているということなのだろうか。

傑が居なくなってから暫らくは、蹲って身動きが取れなくなったくらい、苦しかった。そればかりが、その悲しみと苦しいという感情と、後悔が鮮明だった。

あんなに優しくしてくれたのに。
あんなに大切にしてくれたのに。

私は傑の苦しみに気付けなかった。

何を間違えたのか、何を見落としたのかすら分からない。
分からないことが怖くて、悔しくて、後悔ばかりが山のように積もった。