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「もうこんな時間か、随分暗くなってきたね」
一度強い風が吹き抜けて、Aさんは空を仰ぎ見た。遠い空に橙色が滲んでいて、それは上に上がるにつれて藍味がかっている。
街の灯りがないからか、空には沢山の星が浮かんでいて僕達を頼りなく照らしていた。
それを見ていると、突然ドンと何かを押しつけられる。慌てて下を見ると、彼女の描いていたキャンパスが掲げられていた。
どうやら完成したらしい。
え?と驚いて顔を上げると、彼女と目線が交わる。
表情は、背後から沈んでゆく夕陽の逆光になってよくわからない。
「これ、あげるね。まだ乾いてないけど」
僕がキャンパスを掴んだことを確認すると、彼女はすくっと立ち上がって、僕に背を向けた。
一瞬だけこちらを振り返ると、ちょっとだけ微笑んで手を振る。
僕が彼女の突然の行動に固まっていると、あっという間に出口へと走り去ってしまった。
慌てて手を伸ばしたけど、届かなくて。
とりあえずお礼だけでも言いたくて、僕はその後を追った。
段差につまづかないように慎重に、かつ急いで足を進める。
もたつく僕の少し先で、Aさんは曲がり角を曲がった。スカートが物惜しげにはためく。
そうすることで姿が消える。それを見て、なんだか少しだけ心臓の鼓動が速くなって。
靴が埃に塗れるのも気に留めず、バッと突き当たりを曲がった。
そこで、僕は足を止めた。
彼女の姿がどこにも無かったからだ。
ただ薄暗い廊下に、寂れた自動販売機が並んでいるだけ。
それから名前を呼んで、しばらくは歩き回ったが、結局彼女は姿を現さなかった。
完全に道が暗闇に呑まれてしまって、仕方なく諦めてその日は幕を閉じた。
まるで嵐の様で、本当は夢だったんじゃないかって思う。
手元にある油絵だって、走り回った時に服や腕に擦れてぼやけた絵になってしまった。
もしかしたら、僕が勝手に一人で描いていただけで、Aなんて人物はいなかったのかもしれない。僕の勝手に作り出したただの幻覚。渚君がいなくて恐ろしくなった、僕の。
だって、こんなガサガサした絵。僕でも描けちゃいそうだし。
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未月 - 更新頑張ってください! (2021年3月16日 18時) (レス) id: 2a27e87c15 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:湯川 | 作成日時:2021年3月15日 19時