◆虎と兎は甘味を頬張る。 ページ10
夕食の後、僕は長方形の箱を卓袱台の上に置く。
漆が塗られたような、高級感の漂うその箱。
滅多に僕達の食卓に上がらないその代物に鏡花ちゃんは目を丸くした。
目の前の彼女は「これは?」と訊ねる。
「えっとお土産で。美味しい栗羊羮を貰ったから鏡花ちゃんにも食べてほしくて」
僕がそう言いながら箱を開けると彼女は僅かに唇を緩ませて「ありがとう」と答えた。
台所から包丁とお皿を持って二人分、切って並べる。
艶やかで上品な餡と宝石みたいに煮詰められた栗。
鏡花ちゃんがじっと、見詰めている。
声に出さなくても早く食べたい、と表情が言っている。
そういう所は年頃の女の子らしい。
お皿を差し出し彼女は受けとると、早速一切れ口に運んだ。
すると大きな瞳を更に大きく見開きながら顔を綻ばせた。
「…美味しい」
輝いた空色の瞳を見て、僕の顔も綻んだ。
彼女はもう一切れ、口に運ぶとゆっくり味わうように噛み締めた。
「良かった、気に入って貰えて。まだまだあるから暫く楽しめるよ」
頭にはこれを薦めてくれたAさんが浮かぶ。
明日、彼女に会ったらお礼を言おう、そう考えながら僕も羊羮を口に運んだ。
「美味しいね」
「うん、美味しい」
何度食べても美味しい。
僕も誰かに薦めようか、目の前の鏡花ちゃんのように、と彼女の顔を見詰める。
凄く感動したような表情ではないけれど、仄かに頬を紅潮させている。
顔に出てないだけできっと心の内は喜んでいるのだろう。
「この羊羮、Aさんがくれたんだ…あ、えっとAさんは夜勤で一緒になったんだけれど紅茶を淹れるのが凄く上手な人で、」
僕も少しだけ紅茶を淹れるのを練習し始めた。
当然、彼女に比べたらまだまだだけれど。
でもいつか美味しく淹れられるようになったら、Aさんにも飲んで貰いたい。
いつになるか分からないけれど、Aさんはきっと紅茶が好きだろうし淹れて貰ったお返しになるくらいには。
少し先へと想像を膨らませながら、僕達は甘味を頬張るこの食後の僅かで穏やかな時間を楽しむのだった。
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柏(プロフ) - 蒼霧零夜さん» 初めまして、いつもありがとうございます!このような稚拙な作品ながら楽しんで頂けているようで非常に嬉しいです!後半に突入しましたので最後まで楽しんで頂けるように頑張ります! (2019年7月14日 19時) (レス) id: 1ae1c9db61 (このIDを非表示/違反報告)
蒼霧零夜(プロフ) - 初めまして、蒼霧零夜です。何時も楽しくこの作品を読ませて頂いています。これからも、更新を楽しみに待っています! (2019年7月14日 19時) (レス) id: 1854068e39 (このIDを非表示/違反報告)
柏(プロフ) - あざる!さん» ご指摘くださりありがとうございます。私が操作している訳ではないのですが、更新するとそうなってしまうようです。今まで指摘もなくこちらとしましても特別不便なことはないので放っておいていました。正しい作成日時はこのページの一番下に記されております。 (2019年7月6日 22時) (レス) id: 1ae1c9db61 (このIDを非表示/違反報告)
柏(プロフ) - 草神 桜月さん» 嬉しいです!イメージは日常なのであまり勢いづかないように書くよう心がけています。勿体無い程のコメントで非常恐縮です。ありがとうございます! (2019年7月6日 22時) (レス) id: 1ae1c9db61 (このIDを非表示/違反報告)
あざる! - いつも新着順に乗ってるんですけど、どうやってるんですか? (2019年7月6日 21時) (レス) id: bcf0550a7e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:柏 | 作成日時:2019年2月26日 17時