◆してしまうもの、仕方ないもの。 ページ34
「Aさん、いいでしょうか」
声を掛けられて振り返ると、国木田さんが真面目な顔をして立っていた。
そんな表情だったから、何かしてしまったかしらと仕事のミスをしてないか過去を振り返る。
でも杞憂だったようで彼は私に何かを差し出した。
桜の樹の絵が小さく描かれた縦長の紙が二枚。
それを見て私は密かに息を呑む。
訊ねると、仕事のクライアントから報酬のおまけのような形で貰った、期間限定で美術館にて催されている展覧会へのチケットらしかった。
誰にも話してないことだけれど、私はこういうがそこそこ好きだったりする。
芸術のことは分からないけれど、ぼーっと人の手で創られた美しい何かを見詰めるのは心が洗われる様な気がする。
でも最近は全くと言っていい程、美術館に足を運んでいなかった。
この街に越してくる前までは、よく行っていたのに。
それこそ遠慮も忘れるくらい本来好きなものだ。
「有難うございます、これ丁度行こうと思ってたんです」
「それは良かった。先日のお礼です。遅くなりましたが。太宰からのお詫びはもう済んだと聞いて…俺はめっぽうこちらの方向に疎いもので、何となくAさんなら好きそうだと思いましたので」
彼の何となく、に感心しながらもでも一緒に行く相手がいないと思った。
国木田さんを誘ってもいいと思ったけれど、多分彼はそんなつもりで渡したんじゃない。
彼は彼なりに私を気遣ってくれた。
折角のペアチケットだけれど、一人でのんびりと見るのも良いかもしれない。
だって今までずっとそうしてきた。
人がいないから寂しいだとか、そんなことは思わない。
でもペアチケットが勿体ないから、という言い訳を心の中でしながら一枚受け取って一枚返せばいいのに私は二枚とも受け取った。
本当はもしかしたら…直前に誰か一緒に行ってくれる人が見つかるかもしれないという片隅にある少しの期待。
見つからない方に賭けるけど、私に損はないから別にいい。
「本当に有難うございます、楽しんできますね」
彼はこちらこそ、とお礼を返してデスクに戻った。
後でスケジュールを確認しよう。
非番の時にでも行こう。
チケットを大切に手帳に挟む。
一緒に行く相手がいなくても、この人なら誘いたいと思う人は既にいて。
そして同時にその人は、私が考えていることをもしかしたら聞いてくれるかもしれない人だ。
勝手な期待はしないようにしているけれど、どうしてもしてしまうものだと実感した。
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柏(プロフ) - 蒼霧零夜さん» 初めまして、いつもありがとうございます!このような稚拙な作品ながら楽しんで頂けているようで非常に嬉しいです!後半に突入しましたので最後まで楽しんで頂けるように頑張ります! (2019年7月14日 19時) (レス) id: 1ae1c9db61 (このIDを非表示/違反報告)
蒼霧零夜(プロフ) - 初めまして、蒼霧零夜です。何時も楽しくこの作品を読ませて頂いています。これからも、更新を楽しみに待っています! (2019年7月14日 19時) (レス) id: 1854068e39 (このIDを非表示/違反報告)
柏(プロフ) - あざる!さん» ご指摘くださりありがとうございます。私が操作している訳ではないのですが、更新するとそうなってしまうようです。今まで指摘もなくこちらとしましても特別不便なことはないので放っておいていました。正しい作成日時はこのページの一番下に記されております。 (2019年7月6日 22時) (レス) id: 1ae1c9db61 (このIDを非表示/違反報告)
柏(プロフ) - 草神 桜月さん» 嬉しいです!イメージは日常なのであまり勢いづかないように書くよう心がけています。勿体無い程のコメントで非常恐縮です。ありがとうございます! (2019年7月6日 22時) (レス) id: 1ae1c9db61 (このIDを非表示/違反報告)
あざる! - いつも新着順に乗ってるんですけど、どうやってるんですか? (2019年7月6日 21時) (レス) id: bcf0550a7e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:柏 | 作成日時:2019年2月26日 17時