●素であればこそ。 ページ33
何だろう、と思うと彼女は簡易キッチンの方へパタパタと駆けて行き戻る頃には手にあの漆塗りの様な箱を抱えていた。
「実は余分に買っていて今日出そうと思っていたのですがすっかり忘れていまして…もしよければ貰ってくれませんか」
彼女からの申し出に僕より先に鏡花ちゃんが反応した。
「有り難く受け取っておく。あと、メモも大事にする」
彼女から箱を受け取り、どこか満足気な表情をしている。
鏡花ちゃんに続いて僕もお礼を言った。
「でも本当にいいんですか?」
「ええ、そんなに気に入ってくださっていたなんて嬉しいですから。紅茶にも合うでしょう、是非どうぞ」
Aさんの言い方はいつも通りで相変わらず優しい人だなぁ、と僕は思っていたのだけれど彼女の表情がいつもと少し違った。
何て言うか…本当に嬉しそうだった。
多分、これは僕の憶測に過ぎないけれど自分の好きなものが共有出来た喜びがあるのではないだろうか。
もしそうならちょっと意外だな、と思う。
優しいけれどいつもちょっと感情的な所は見えない人だから。
唯一僕が見たのは栗羊羹を食べた時のあの小さな女の子みたいな表情。
Aさんはこれが素なんだと理解しているけれど…でも時折見せるあの表情の方がずっと素の様に感じられてしまう。
ミステリアスな人という印象はまだあるけれどこれからもっと夜勤を通して知っていけるのだろうか、とぼんやり考える。
「Aさん、でも羊羹此処に置いておけば僕達もAさんもいつでも一緒に食べられますよ」
僕なりの提案だった。
態々持ち帰らなくても此処で一緒に食べればいいい。
そして同じものが好きという感覚もまた共有すればいい。
鏡花ちゃんに「いいよね?」と訊くと「確かに」と頷いてくれた。
けど彼女は本当にいいんです、と食い下がる。
その返答は正直、計算外だった。
「私はもう要らないんです」
「え?」
続いた言葉に更に聞き返す。
「あ、本当にこれは余った分で実は寮にまだあるんです。だからお二人に差し上げます」
その補足に納得する。
成る程、流石に家にあるものを此処に来てからも食べる理由はない。
「そうですか、じゃあやっぱり有り難く頂戴します、本当に有難うございますね」
「いえ、薦めた甲斐がありました」
その笑顔はやっぱり本当に嬉しそうに綻んだ表情だった。
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柏(プロフ) - 蒼霧零夜さん» 初めまして、いつもありがとうございます!このような稚拙な作品ながら楽しんで頂けているようで非常に嬉しいです!後半に突入しましたので最後まで楽しんで頂けるように頑張ります! (2019年7月14日 19時) (レス) id: 1ae1c9db61 (このIDを非表示/違反報告)
蒼霧零夜(プロフ) - 初めまして、蒼霧零夜です。何時も楽しくこの作品を読ませて頂いています。これからも、更新を楽しみに待っています! (2019年7月14日 19時) (レス) id: 1854068e39 (このIDを非表示/違反報告)
柏(プロフ) - あざる!さん» ご指摘くださりありがとうございます。私が操作している訳ではないのですが、更新するとそうなってしまうようです。今まで指摘もなくこちらとしましても特別不便なことはないので放っておいていました。正しい作成日時はこのページの一番下に記されております。 (2019年7月6日 22時) (レス) id: 1ae1c9db61 (このIDを非表示/違反報告)
柏(プロフ) - 草神 桜月さん» 嬉しいです!イメージは日常なのであまり勢いづかないように書くよう心がけています。勿体無い程のコメントで非常恐縮です。ありがとうございます! (2019年7月6日 22時) (レス) id: 1ae1c9db61 (このIDを非表示/違反報告)
あざる! - いつも新着順に乗ってるんですけど、どうやってるんですか? (2019年7月6日 21時) (レス) id: bcf0550a7e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:柏 | 作成日時:2019年2月26日 17時